なれそめ話(69fesあわせ)
前回までのあらすじ。
昨日の晩ごはんは鴨肉のグリルでした。

 ベジータはいつも、夜明け前に起きる。他の家人はまだ眠っている。
 部屋の主が起床し、動き始めるとこの家の制御コンピュータはそれを察知して、自動で部屋の明かりを灯し、快適な室温を作り出す。
 身支度を整えて廊下に出ると、部屋の明かりは消え、代わりに廊下が明るくなり、その明かりは重力室まで続く。 
 誰もいなくてもコンピュータは動き、主を導く。
 だから、重力室にすでに明かりがついているということは、先に入っている誰かがいる、ということなのだ。

 ベジータは少なからず驚いた。
 ゆうべ、ブルマが床材を替えるようなことを話していたが、そういうときは一晩で完了させるのが常だ、翌朝までかかったことなど、一度もない。
 何か困難な故障なのか、と訝しく思いながらドアを開けると、やはり作業着姿のままのブルマが、重力室の床に座り込んでいた。膝の上に愛用のモバイルコンピュータを乗せ、そこからはメインコンピュータに向かってケーブルが繋がれており、周りには様々な部品と走り書きのノートが散らばっている。
「ああ、おはよ」
 ドアの開く音に気づいてブルマは振り返った。
「故障か?」
「違うわよ、ちょっと試したくてね」
 カチャカチャとキーボードを叩く手がスピードを上げた。
「もうちょっと待ってね、あとちょっとだから」
 一晩眠っていないのだろう、目は赤く充血し、しかし爛々としている。
 言われるまましばらく待つ。通常重力の中でウォーミングアップを済ませるのとほぼ同じ時に、ひときわ大きくキーを叩く音がし、ブルマが「完成!!」と叫びながら拳を突き上げた。
「さあさあ、お待たせしたわ。さっそく試してちょうだい。『反撃モード』をね!」
 
 『反撃モード』は、重力室に備えられたもう一つの機能だ。
 重力室内を自由に浮かんで飛び回る『フライスフィア』と名付けたマシンがベジータの敵として待機している。この中には、ギャリック砲に似たエネルギー波を作り出す機構が組み込まれている。複数用意されたこれらが、執拗にエネルギー波の攻撃をしかけてくるのが『反撃モード』、重力の影響を受けるベジータと違いスフィアは反重力装置を備え、非常に敏捷に、またランダムに動き回り、しかも放出するエネルギー波は的確にベジータだけを狙うという、制作者の怨念すら感じられる代物だ。
 何を試そうというのだろうか、モニター越しにこちらを見る視線を若干疎ましく感じながら、加重力スイッチを入れた。同時にスフィアにも起動命令が入り、ふわりと浮かびだした。
 重力室内の重力が増え、目的の300Gになると、8体のスフィアも準備万端だ。パワー充填が完了した個体から、ベジータにエネルギー波を放ってきた。
 まず1体、左後方のスフィアから放たれた。体を右に傾けて避ける。次は右側のスフィア。仰け反るように背中を曲げる。このままでは体勢が不安定なので足で立つのではなく空を浮くことを選ぶ。自分の動ける範囲が床上だけでなく空間にまで広がる。これでぐっと、戦いは有利になる。
 次々と攻撃をかけてくるスフィアを止めるためにはエネルギー放出口の真裏にある停止ボタンを押さなければならない。ぶっ壊せばてっとり早いのだが、すばやく動くスフィアの、ごくごく小さな一点のみを狙って停止させる方がより精度を要求されることに気づき、あえて面倒な手法を選んだ。動き続けるスフィアは常にこちらに放出口を向けようとするので、ボタンを押すにはそれよりも早く背後に回らなければならない、が、8体のスフィアは代わる代わる妨害行動に加勢してくる。
 手近にいる一体の横っ面をはたくように、側面を拳で殴りつけるとスフィアは軌道を崩されエネルギー波を無駄に飛び散らせながら床に落下した。一度放出すると、再充填まで若干の時間を要するので、その間に他のスフィアも叩き落としたり、蹴り飛ばしたりする。仲間が次々と気絶するなか、残り少なくなったスフィアのひとつにベジータは狙いを定め、そいつからまず機能停止させてやろうと考えた。けなげにも別の個体がそれを助けるかのように、ベジータに刃向かってきた、が、ベジータはその動きも難なく読み、蹴り上げることで排除しようとした。
 その時だった。
 気絶したはずのスフィア達が一斉にベジータの左足にエネルギー波を放ち、まともに喰らったベジータは勢いで転倒した。
 倒れたベジータの腹の上に、残るスフィアがありったけのエネルギー波を叩きつけた。

 モニタールームで、ブルマは歓喜の声を上げていた。
「すごいわ、スフィアちゃん! 大成功よ!!」
 ブルマの考えていた通りだった。
 ベジータの動きには、癖がある。
 何かを蹴るとき、ベジータは左足を軸にする。つまり、素早く蹴りを出すために、左足から着地する癖があるのだ。戦うための体勢を先々に考えるベジータの、更に先をブルマは読もうとした。
 毎日、同じ重力室で、同じフライスフィア相手に戦っているベジータ。
 スフィアの動きはランダムとはいえ、『ランダム』の選択肢は前後左右上下、その程度しかない。ベジータも何度も対戦している、スフィアがそれっぽっちの選択肢から何を選んでどう動くのか、分かるようになっているだろう。それは重力室の稼働データから見ても明らかだった。
 ベジータの動きがワンパターン化している。
 毎日記録したデータから、ベジータの動線を分析する。破損した建材の箇所を再確認する。スフィアの動きからベジータがどっちに避けるのか‥‥それらを読み取って、ブルマは、ベジータに一泡吹かせる手段を思いつき、そして一晩の内にその仕込みを終わらせていたのだ。
「あーはっはっは、アタシってば天才じゃない?」
 いつも仏頂面でオレ様で我が儘勝手な王子様、それが自分の策にまんまとハマり床でのたうち回っているのだ、これが愉快でなくてなんだろうか。
 だが、ブルマの高笑いが、徐々に消えた。
「‥‥え‥‥? ちょっと待って‥‥」
 ベジータが動かない。

「ちょっと、ちょっと待って! ストップ! スフィアちゃん、止まりなさい!!」
 ブルマは緊急停止ボタンを押した。


つづく。




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