なれそめ話(69fesあわせ)
前回までのあらすじ。
ゲスい女がウブい男にマウントとってやったザマアミロ。

 午後もずっとコンピュータとにらめっこを続け、より強度の高い素材は作れないか、伸縮性は、耐久性は、重さは、コストは、そんなことに思いを巡らせる。
 今夜に張り替える予定の床材もそうだ。300倍の重力に耐えられるよう、表面のシートと内部のスプリング、それらの土台と、三重四重に耐久性を持たせているが、たったひと月足らずで交換となってしまう。誰かさんが無茶な使い方をしているのはもちろんそうだが、たとえばこの素材で宇宙船を作ったとして、放射線まみれのなかを超高速移動をするとなれば、同様のダメージが加わると考えていい。それがひと月で摩耗するなら、とても太陽系脱出はできそうもない。
 構造式をあれこれいじくってみても、すぐには答えは見つからない。今日もタイムリミット、夜7時のディナータイムとなってしまった。

 この家では、『日に一度は家族一緒に食事をとるべし』というルールがある。フルオートマチックのキッチンがあるにも関わらず未だ手仕事で料理を作って供するのが趣味の夫人と、彼女が作る料理をことのほか愛する夫が結婚した当初から存在するルールで、その二人の間に生まれた娘達も自然とそのルールを守るようになったし、あとから住み始めることになった居候達も当然、それに従うことがこの家に暮らすことの条件となった。
 夜7時。不在ではない限り家族全員がテーブルに着く。銘々が、決まった席に座る。この席順も決められた訳ではないのだが、毎日誰もが同じ場所に座る。だから今日も、ベジータはブルマの左隣をひとつあけて、その奥に座った。こっちを見ようともせず、口をきこうともしないのも、いつものことだ。テーブルの上には、夫人特製の、あたたかな湯気ののぼる料理が並べられている。何もかもがいつもどおり。――ブルマの左隣が、この先ずっと空いている以外は。

 ヤムチャがもう戻らない、ということが何を意味するのかは、ブルマの両親は分かっている。彼の話題を避けようとしているから会話がぎくしゃくしているように思う‥‥のは、単にブルマの思い過ごしか。けれど、彼はおしゃべりも好む男だった、彼がいないことで食卓がいつもより静かになってしまっているのは事実だろう。
「このお味、どうかしら?」
「いやあ、いいよ。非常に僕好みだ」
「新しいレシピを見つけると、試したくなるのよね」
 などと、他愛のない内容がゆるゆると飛び交う。
「父さん、Cスプリングって、まだ在庫あったっけ?」
「あるけど、ふむ、だいぶ減っているよ」」
「そりゃあ、誰かさんが大量に壊すからね」
 ブルマはわざとらしく、左側に顔を向けた。向けられた男は知らん顔で鴨のグリルを頬張っている。
「今日中に交換しちゃいたいから、貰いに行くわ」
「また交換かい?」
「そうよー」
 自分もまた、皿の上の鴨肉にとりかかるべく、右手にナイフを持つ。
 なんてことのない、他愛のない会話。
 だが、ふと、ブルマの手が止まった。
 突き立てたままのフォークとナイフをじっと見つめ、時々、思い出したようにナイフを動かす。

「‥‥ブルマさん?」
 母親が声をかけるもブルマは応えず、何かを確かめるようにナイフをぎちぎちと動かし続ける。
「ブルマさん?」
「おや、またか」
 何やら急に様子が変わったブルマに視線をやったベジータは、その相手が視線をまっすぐぶつけ返してきたのにひっくり返りそうになった。
「ベジータ、あんたって、右利きよね?」
「!? ‥‥ああ」
 唐突な質問にとまどいながらも答える。
「脚は? 右で蹴るの、それとも右を軸にするの?」
「右で‥‥蹴る、な」
「そうよね‥‥」
 言いながらブルマはまた、ぶつぶつと一人呟きながら、うわの空に戻った。
「やれやれ‥‥こりゃあまた、籠もっちゃうかな」
「ブルマさぁん。とりあえず、今のお皿だけでも食べきってちょうだいね」
「うん‥‥」
 生返事で、冷め切った料理を口にねじ込むと、ブルマは立ち上がって己のラボへ戻っていった。
「‥‥いつもの、あのこだねえ」
「そうね」
 ダイニングを飛び出した娘の後ろ姿を見て、父親と母親はしみじみと言った。
 
 ベジータは安堵していた。
 あの妙な約束は、これできっと曖昧になったはずだ。
 ダイニングを出て、自室へ向かう。
 廊下を右に折れた突き当たりは、ブルマのラボだ。
 そこに明かりがついているのを確認すると、ベジータは今日という一日を終わらせるために部屋に入った。



つづく。




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