なれそめ話(69fesあわせ)
前回までのあらすじ。
ヤムチャにフられてヤケ酒しててイキオイでベジータに跨ったらアルコールがストマックをシェイクしたのでバスルームでリバースしてて気付いたら朝。

「えーと、‥‥」
 改めて、夕べのことを思い返してみる。
 確か、ベジータと‥‥。
 そこまで思い出して、ブルマは自分の頭をかきむしった。
「‥‥あたし、まるっきり痴女じゃないの」
 ヤムチャ相手にも、あんなに大胆になったことはなかった。
 彼を「恋人」と呼んで、つきあい始めたばかりの頃は、手を繋ぐにもドキドキしてた。初めてキスをしたときは、お互い顔を真っ赤にしてうつむいた。
 けど、それっきりだ。
 修行に夢中のアイツは、アタシと手を繋ぐことよりも、遠い国の見知らぬ誰かと拳を交える方を喜んだ。あたしのことを大切にしてくれていたのは分かる、分かるけどそれは、宝物を箱にしまって大切にしているそれのようだった。しまわれた宝物よりも楽しくてワクワクするものが、彼の周りにはたくさんあったのだ。
 
 彼の冒険に、宝箱から飛び出して一緒について行ってたら、なにか違っていたのかもしれない。

 あたしはヤムチャのために、何が出来ただろう。
 ベジータみたいに分かりやすく、超重力装置が欲しいと言ってくれれば作ったのに。
 ‥‥あんなメチャクチャな装置を、ヤムチャが欲しがるとは思えないけど。  

 そこまで考えてブルマは、それ以上考えてはいけない気がした。
 頭の中になにかモヤがかかったことを、ハッキリと認識した。
 いやな気がした。
 これはきっと、夕べの酔いがまだ残っているのだ、と言い聞かせて、ベッドの周囲に脱ぎ散らかされたままの服をかき集める。ざっと着替えて、くしゃくしゃになったシーツを直そうと上掛けをめくる。
 と、白いシーツの真ん中に、うっすらと赤茶色になった染みがあった。
 ブルマは顔を真っ赤にしてシーツをはぎ取ると、ランドリーマシンのタンクにそれを叩き込み、逃げるようにベジータの部屋を飛び出した。

 勢いよくシャワーを浴びて、夕べの記憶を洗い落とす。
 大丈夫、酔ったときの醜態を見られたことなんて何度かある、ゆうべのアレも、そのひとつだ。ちょっとした失敗。「やっちゃったわー、ゴメンねー」と、軽く流せばいいではないか。
 いつも通りの室内着に着替え、日課を片づけるべくラボに向かう。昼前の今の時間は、重力室の使用状況を確認するタイミングだ。コンピュータの前に座って『点検』ボタンを押すと、朝早くから酷使されているであろう重力装置の走査が行われる。ガタがきている場所に警告ランプがつき、夜にそれらを交換する予定だ。毎日毎日、無茶な使い方をされるので、本来ならば年単位で保つはずのパーツがひと月ほどしか保たないのだから、維持させられる方はたまったものではない。しかもメンテナンスはこっちに丸投げときたものだ。
 ヤムチャだったら、もっと計画的に使って‥‥きっとメンテナンスも自分でしちゃうわ。ヤムチャが使うようなトレーニングマシンなら、そんなに複雑な機構じゃないもの、自分でやるよ、って言い出すわよね。ただ、重力装置は注油して済むようなものじゃなのよね、部品の精度が桁違いで、これはあたしじゃなきゃ分からないし‥‥。

 ぴたり、とコンピュータを触る手が止まる。
 あたしは今、何を考えていた?
 よけいなことは考えるな、今はマシンチェックをしなければならない。
 
 単調なリズムでパーセンテージの数字が増えて、『チェックOK』のランプがともる、それが何項目も繰り返される退屈な画面を眺め続ける。 
 あまりに何も起こらなすぎて、脳みその中に空白が出来る。
 その空白が、よけいなことを考える。
 考えるな、あたし。

 ふいにドアが開く音がして、我に返った。
 入ってきたのはベジータだった。手に、データディスクを持っている。重力室の使用状況を記録したディスクを毎日提出するのは、ブルマが重力室をメンテナンスするようになってから彼に要求したことだった。どこをどんなふうに使ったのかと装置疲労の関係をチェックするために必要だ、そのぐらいはやれ、と口を酸っぱくして言い聞かせてようやっと、彼が守るようになった日課だ。この男も、今日は『いつも通りの日課』を片づけている。
 ベジータは何も言わず(これもいつも通り)、ブルマのデスク脇に記録済みのディスクを置くべく近づいてきた。
 ブルマは、夕べの痴態を思い出して、頭に血が上った。
 このあと彼は、別の棚から新しいディスクを取り出すと、またすぐに出て行ってしまう。謝るのは、今しかない。
「ゆ、ゆうべはゴメンねー」
 声が裏返った気がする。
「ベッド、占領しちゃったみたい。ゆうべは‥‥」
 ベジータの動きが止まった。棚に伸ばした手が、ディスクを取り損ねてフラフラしている。
 不自然に首を曲げているのが分かる。
 こちらを見ないようにしているのも。
 ベジータのその態度を見て、面白いことにスッと緊張がほぐれた。この男がこんなに動揺している姿を見るのは初めてかもしれない。
「ゆうべは、ちゃんと寝た?」 
「‥‥寝られるか」
 憎々しげに、吐き捨てられた。
 かわいい、と思った。
 この、いつも仏頂面でオレ様で我が儘勝手な王子様が、感情を剥き出しにしている。
 しかもその原因が、夕べの自分にあるのだと思うと、「勝った」気さえしてくる。
「えーっと、アレよね、最後までしてないのよね?」
「‥‥‥‥」
「自分でしたの?」
「何で貴様は、そう下品なんだ!!」
 振り返ったベジータの顔は真っ赤だった。
「したの?」
「してない!」
「じゃ、今晩、する?」
 ベジータはぐっと息を飲み、目をそらした。
「あたし、あんなのが初めてじゃ、納得いかないのよ。もっとキレイな思い出にしたいの。分かるでしょ?」
「知るか!!」
 吐き捨ててベジータは、ディスクを掴み取ると早足で部屋を出て行った。

 うぶな反応がおかしくて、ひとしきりケラケラと笑ってブルマは、大きくため息をついた。
 『キレイな思い出』ですって。
 どんな風な『初めて』に憧れてたのだろう。
 誕生日とかクリスマスみたいな特別な日に、夜景の素敵なスイートルーム、シャンパンに苺を添えて、ロマンチックな映画でも見ながら。
 それを、ヤムチャと?
 ‥‥なんて陳腐。
 想像できなかった。ヤムチャと、自分が、そんな行為をすることが。
 しかし、ヤムチャが、見知らぬ女の子相手にしているところは想像がついた。
 ヤムチャが、恋人と呼べる相手に対して、めいっぱい背伸びをして格好いいところを見せたいと思ったら。貯金をはたいて一流ホテルの最上階を押さえることは厭わないだろう。
 だが、それはブルマ相手に通用する背伸びではない。
 ヤムチャが、ブルマにめいっぱい格好いいところを見せようとするなら‥‥。

 そこまで考えたところで、コンピュータから警告音が鳴った。
 床下の緩衝スプリングが摩耗している。
 先月交換したばかりなのに、と愚痴をこぼしながら、ブルマは走査続行のボタンを押した。
 

つづく。



つづく→
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