日常話(1) その10 |
数日前、ブルマは神殿の神様――ピッコロの半身を訪れていた。宇宙船について詳しく聞きたい、そんな軽い気持ちだった。 聖地カリンのはるか上空にあるそれは、飛行機やスカイカーなどでは辿り着けない聖域、ではあったが、神はこの来訪者のために封印を解いていた。難なく辿り着いたそこで、宇宙船を出し広げ、あれこれ尋ねようとしたブルマだったが、神が小さく震えだし、双眸から涙がこぼれたのを見て黙ってしまった。 たった一人のナメック星人の子が、地球に降り立った理由。 迎えがある、と信じてじっと待った幼い子。純真な子は、そこで長く待った。けれど、虚しく時は過ぎた。 宇宙船の動力は壊れていなかったのだから、もとの星に戻れたはずだ、なのに、子はそれをしなかった。 何故か。 ――それはブルマの、ほんの冗談のような思いつきだった。 「宇宙船の意思だったのかしら?」 ――その一言で、みるみる仮説が組みあがっていった。 『時』が来るまで、宇宙船はユンザビットの地で子を守るはずだった。それが宇宙船の『意思』だった。 『意思を持つ宇宙船』、それが意味するものは? もしかしたら、待ち続けていれば、ナメックの子は災厄の去った故郷へ戻れたかもしれない。けれども、飢えと寒さは耐え難かったのだろう。子はユンザビットを離れ、地球人の毒に染まり、そして天空のこの場に留まったのだ‥‥。 ムーリはブルマの話を、黙って聞いていた。 長い話だった。 2つに別れたナメック星人――遥かな外の宇宙に生き残る術を探す事を選んだ一族と、滅びゆくナメック星に留まる事を選んだ一族と。 どちらの一族も、最後のひとりを残すために、己の姿を変えただろう。ひとつは宇宙船に。もうひとつは、おそらく、シェルターのような何かに。 けれど、それはナメック星の爆発とともに、今度こそ完全に消え去ってしまった。 「――これは、あなた達に返すべきだと思うの」 ブルマはそう言って、宇宙船のカプセルを差し出した。だが、ムーリは微笑み、ゆっくりと首を振った。 「貴女の仮設が正しいとしても、もう彼らの『ナメック星人』としての役目は終わりました。あなたに必要であれば、使ってください」 「だって、もしかしたら、あなた達のご先祖様を蘇らせることができるかもしれないのよ! そうしたら、もっと人口は増えて、もっと繁栄して‥‥!」 「生きて動くだけが『生』ではありませんよ」 ムーリはブルマの手を取った。 「私達ナメックは、皆でひとつなのです。この大地に、空に、すべてに、私達は居ます」 「会いたくはないの? いなくなった人に。かつて一緒に暮らした人に!」 「常に共に居ます。寂しく思うことはありますが、悲しくありません」 はぁ、とブルマは大きくため息をつく。 「‥‥やっぱりあなた達は、究極に進化した種族だわ」 「私達が?」 どこが、と不思議そうに聞き返す。 「だってそうでしょう。アタシなら会えないなんてガマン出来ないわよ。ちょっとでも生き返る方法があるなら縋りたいわよ。死んじゃったからオシマイなんて、考えられないわ!」 ああ、なんで自分は声を荒げているんだろう、とブルマは思った。 ムーリの、ごつごつした皺だらけの手が、ひんやりしているのに包まれていると暖かくて。 強張った気持ちが溶けていくようで、泣きたくなる。 「貴女には、生き返ってほしい人がいるのですね。ドラゴンボールの力を借りてでも」 「‥‥そうよ」 お調子者で、カッコつけで、自分より強い相手に立ち向かって何度も怪我して、しまいには死んじゃって、それでもまだ強くなるんだって修行に明け暮れてるバカな男がいるのよ。 「貴女のその感情は、私達には無いものです‥‥他者を、それほど強く乞う思いは私達には分かりません」 「原始的でしょう?」 「いいえ、どちらが劣ってるか、優れてるかではありません。それぞれの生き方ですよ。そして貴女は、地球人です」 ムーリは、ブルマが渡そうとしたカプセルを、もう一度ブルマの手に握らせた。 「さあ、この宇宙船が蘇るとしたら、素晴らしい地球の技術と融合した、新しいものとして、です。私達はそれを歓迎します」 ムーリは察してくれた。 彼らの祖先を知らずに弄って遊んだブルマの苦悩を。 そうと知りながらも、それを更に探求したいという彼女の欲望を。 「ありがとう、ムーリさん」 許された。 許しを得た。 『よかったな、ブルマ』 きっとヤムチャはそう言って背中を叩くだろう。 蘇れ、ナメック星人。 |
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