日常話(1) その9
「どうしたんですか?」
 デンデはいつも、ブルマを気にかけてくれた。元気がないのを悟られているのだろう。
「ううん、なんでもないわよ。‥‥さあ、今日はどこへいこうかしら」
 努めて明るく振る舞う。
 ‥‥ああそうだ、ぼやぼやしていられない。過去はどうあれ、いま、目の前に小さなナメック星人が生きてここにいる。
 彼らは生き残った。そして繁栄しようとしている。
 臣下の居ない王子の空威張りなんて無視すればいい。
 縁あって地球にたどり着いたナメック星人の手助けを、自分はすることができるのだ‥‥ブルマはそう開き直ることにした。

「どうしたんじゃね?」
 ブリーフに尋ねられ、ベジータは首を傾げた。そんな、気にかけられるような顔でもしていたのか。心当たりがない。
「何故?」
「怒っているようだったからね」
 答えられてベジータは、ああ、と思い至った。昨夜の不愉快なやり取りが尾を引いていたのだろう。ブリーフ・ラボに入って、博士‥‥あの女の父親の顔を見て、昨夜の会話を思い出してしまったのか。
「ブルマもぼんやりしていたし、君ら、何かあったのかね?」
「あの娘と?」
 なにもない。
 そうだ、なにもない。
 なにかある、と思っていた。あの女には。
 それが安っぽい感情に振り回される、空っぽの女だったとは。

「あの娘は、貴殿の継嗣なのか?」
 ベジータは、ふと疑問に思ったことを尋ねた。
 ひと月ほどこの家で暮らしているが、他に私邸に出入りする人間を見ない。となると、いま食卓を共にしているこの人数が、家族の全てなのだろう。
 西の都を支配する、この巨大な富の持ち主は決して若くはない。
 跡継ぎがアレだとすると、なんとも可哀想なことだ、とベジータは哀れんだ。
「そうだねぇ」
 ブリーフは、ふと目を細めた。
「継いでほしいと思うし、継がせたくないとも思うよ」
「やはり、貴殿より劣るのか?」
「まさか」

「あの子は、天才だよ」

 ブリーフは、ふう、と息をつき、椅子に大きくもたれ直した。
「あの子は、天才だ。知識の蓄積もさることながら、ひらめきの鋭さ、貪欲な好奇心は、わしなんか足元にも及ばない」
「まさか」
 信じられない、とベジータは言った。だが、ブリーフは首を振る。
「努力なんかじゃ敵わない天才ってのは、本当にいるんだよ」
 一瞬、ブリーフの顔が翳る。わずかに見せたその表情に、ベジータの背中が粟立った。

(嫌なジジイだ)
 気がつけば、額に汗が浮いていた。
「‥‥ならば、この会社も安泰ということか」
 そしらぬ顔で汗を拭い、ベジータは取り繕うように無難な返事をする。
「さあねえ。あの子には、こんな小さな会社の取締役なんかに収まらないで、もっと広い世界に羽ばたいてほしいとも思うよ」
 そう言うブリーフの顔は、娘を案じる父親の顔に戻っていた。
「実はね、もうひとり、娘がいるんだ。その子も家を出て、自分のやりたいことをやっている。悟空くんを生き返らせるときに帰ってくるそうだから、紹介させてくれ」
「生き返るとき、か‥‥」
 ここはなんとも、命の簡単な世界だ。
 死んでもすぐに生き返る。
 願いを叶える龍を呼び出して、それを眺めるために人を集めて、お祭り騒ぎ。
 命を賭けるなぞ、簡単なことだったのだろうな、カカロット。
 スカウターの向こうから聞こえてきた、ラディッツとの会話。
 あいつは簡単に死ぬ。簡単に生き返る。
 あの痛みを、何度も味わって、平気でいられるのだ‥‥そう考えると、胸の傷の跡が疼く。
「大丈夫かね?」
 声をかけられて、我に返った。
「‥‥なんでもない」
 短く答えて、背を向ける。
 ひたすらキーボードを叩く、本来の作業に戻る。
 接着剤の化合式、潤滑液の割合‥‥単調な記号と数字の羅列は、頭を冷やすのに丁度よかった。




  
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