日常話(1) その6 |
解析にもう何日もかかるはずだった宇宙船の機構が、ブルマの手による圧縮データの解凍・翻訳のおかげで、たった一晩で解明されてしまった。 けれども、圧縮された情報はとてつもなく膨大なもので、今はブリーフ達はそれらを自分たちの頭にインプットする作業に追われている。 ベジータはそれにまともに付き合う気はないので、早々にラボから引き上げて、自室に戻っていた。 「‥‥あの女‥‥」 ベジータは、午前中に垣間見た、ブルマがファイルを読んでいる様を思い出した。 ペラペラと無造作に資料を刳り、およそまともに読んでいるふうではなかったのに、しっかり頭に入れているどころか、疑問点も抽出した。 あの女の頭脳は地球人の標準なのか、それともあれがズバ抜けているのか‥‥。 そんなことを考えながらソファにうずくまり、浅い眠りについた。 翌朝。 昨日と同じ時間にダイニングに向かうと、夫人がつまらなさそうに立っていた。 「あら、おはようベジータちゃん」 ダイニングには他に誰もいない。夫人はようやっと話し相手が出来たといわんばかりに顔をほころばせた。 「パパもブルマさんも、ラボから出てこないのよー。んもう、スープが冷めちゃうわ。あ、今日はかぼちゃのスープね。それから、パンはグラハムブレッド。ベーコンは薄いのと厚いのと、どっちになさる?」 嬉々として調理マシーンから湯気の立つ料理を出してくる。ベジータにとって丁度いい量を盛って手渡すと、夫人はもう朝食を終えているのか、コーヒーカップだけを持ってベジータの向かいに座った。 「ゆうべは遅くまで、パパのラボにいたのね? ごめんなさいね、付き合わせちゃって」 申し訳なさそうに夫人が言う。 「あの人たちって、いつもああなのよ。楽しいことを見つけるとすぐ夢中になっちゃって。こどもみたいよね」 ベジータが食事を取っている間、夫人は彼の相づちが有ろうが無かろうがお構いなしに、喋り続ける。 最後の皿を空にし、水のグラスを掴んだベジータの前に、夫人がスッと一枚のカードを差し出した。 「はい、これ、ベジータちゃんのIDカードね」 「? なんだ?」 手のひらほどの四角いカードに、C.C.のロゴ、地球語での『ベジータ』の名前の表記、いくつかの数字。 「昨日言ってたでしょ、うちの会社の所属になるって。このカードを持ってたら、C.C.のマークのあるところはどこへでも入れるし、たいていのお店で買い物ができるわよ」 その説明を聞いてベジータは目を丸くした。 C.C.のマークのあるところはどこへでも入れる? 昨日1日で見ただけでも、街の至る所にこのマークはあった。この居住区、郊外の開発センター、あそこだけでもそうとうの敷地だ。 街の中枢を担っているのはC.C.だと、バカでも分かる。 そこへ、2日前に初めて会った相手を自由に出入りさせるだと? 「‥‥ずいぶん、信用されたもんだな」 「あら、だって、パパのお友達ですもの」 事も無げに、夫人は答えた。 「ああ、それから」 立ち上がって、両腕にいっぱい、昨日ブルマが見せたバー・フードなる包みを抱えて戻ってきた。 「今日も開発センターに行かれるんでしょう? お昼ゴハンを用意したんだけど、本当にこれで大丈夫?」 適当な本数をまとめて、例のホイポイカプセルの中に納めて、ベジータに渡してくる。 「センターの中にショップもあるから、物足りなかったらそのカードで何でも買って召し上がってちょうだいね。なんだったら、おうちに戻ってきてもいいわよ」 甲斐甲斐しく世話を焼いてくる夫人から逃れたくて、ベジータは返事をせずカプセルを奪うように取り、足早にそこを立ち去った。 ダイニングから出てきたものの、何をする予定もない。 フリーザ軍にいたときに、こんなに『何もない』時間は存在しなかった。一つの作戦が終われば、もう次の作戦が用意されている。息をつく間もなく、あらゆる星と民族の破壊、破壊、破壊。 これまでの自分にとって『戦い』とは、常にフリーザのための労働でしかなかったのだと、改めて気付かされた。 ならば、それらの軛(くびき)から解き放たれた今。 なお残る、戦いたいという欲望。 戦いたいから、戦う。 それは戦闘民族サイヤ人の、純粋な本能。 「130日、か‥‥」 カカロットが蘇る、130日後。 俺はもう一度戦う。 その日を目指し、ベジータは開発センターの重力室へ向かった。 |
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