日常話(1) その5
 宇宙開発センターでの急に湧いた多忙な仕事に追われ、かなり疲れたはずなのに、ブリーフの顔はいきいきとしていた。
「いやあ、α−U合金の可能性がまた広がってねえ。チヒゲ・ラテックスと合成できそうなんだよ。あの圧力に耐えられるなら‥‥」
「チヒゲよりもトリーランの方がいいんじゃない? あっちの方が伸縮性が‥‥」
「ああ、そうだ! いや待て、トリーランなら、NPの方がいい。α−Uに伸縮性は不要で‥‥」
「NP! かなり旧式じゃないの‥‥」
 食卓を挟んでブリーフは娘に、今日の成果を興奮気味に報告する。そして話を聞いたブルマも嬉しそうに父親に相槌を打つ。
「あらあら、二人共。おしゃべりは程々にして、召し上がってくださいな」
「おお。今日のごはんも美味しいよ、ママ」
「うふふふふ。ちょうどお庭のハーブがいい感じに育ったのよ」
 チキンの香草焼きは、夫人の得意料理だ。
「いかがかしら、ベジータちゃん。サワークリームをつけても、味が変わっておいしいわよ」
 夫人が差し出す調味料の小鉢を、ベジータは素直に受け取った。
 夕食のメニューは、彼の要望が通ったらしい。体調不良も戻り、ベジータの機嫌は悪くなかった。
「ところで、ベジータ君、相談なんだがね」
 ブリーフが話しかけてきたので、口の中のものを飲み込み、向き直る。
「カプセルコーポレーションの、契約社員にならないか?」
「どういうことだ?」
「いやなに、利便性を考えてね。君に必要な宇宙船、あれを会社のプロジェクトにしてしまうんだ」
「‥‥おおっぴらに顔をさらすのは、好まない」
「だろう? だから、ココで君の宇宙船を作るんだよ、開発センターじゃなくてね」
 ブリーフの説明はこうだ。
 地球人がまだ公に宇宙人と接触してない以上、ベジータが宇宙人であることは、極力隠しておきたいのはブリーフも同じ意見だ。だから、従業員数も多く外部の顧客も出入りする開発センターで未知の機構を広げ晒したくはない。ここカプセルコーポレーションは、本社社屋ではあるが同時にブリーフの私邸でもある。私設研究室で行われる実験の数々はほとんどが博士の趣味によるもので、ここで産み出されるものはC.C.とは無関係である、というのが暗黙の了解となっている。
 それを隠れ蓑にして、ココで宇宙船を作り直してしまうのだ。
 ベジータを関係者にしてしまえば、会社のプロジェクトだという名分も立つ。事業となれば、人も機材も、使用出来る幅が増える。
 関係するスタッフは、最初の宇宙船修繕に関わったのと同じメンバーを考えている。口は堅く、博士の信頼している精鋭たちである。
「太陽系脱出プロジェクトだ。ついこの前、火星にコロニーができたばっかりだってのに、一足飛びに冥王星の外へ行ってみせるんだ。地球人達がどんな顔をするか、ワクワクしないかい?」
 そう言ってブリーフは、顔の皺を何重にも増やした笑顔になった。
 ああ、コイツのこの考え方は悪くない、とベジータは思った。
 己の欲望を剥き出しにし、それが快感であることを隠そうともしない。
 なんてゲス野郎なんだ。俺はコイツが嫌いじゃない。
「それで、俺は何をすればいいんだ?」
 チキンとサワークリームの相性が良かったことも手伝って、ベジータは提案を拒まなかった。
「ここで『イエス』と言ってくれれば、あとの手続きは全部こっちでするよ。あとは、君が目的地に到着した後に、データボックスロケットの発進ボタンを押して貰うことかな」
「たやすいことだ」
「ふふっ、これでウチの庭で、あの宇宙船が見られるのね」
 ブルマは立体映像で見た丸い宇宙船の姿を思い浮かべた。そして「あ、そうだ」と腰を浮かせた。
「ねえ父さん。ベジータくんを社員にするなら、ついでにナメック星人さんたちも何人か、契約してくれない?」
「そりゃ構わないが、どうしたんだい?」
「街に出たいって言ってるの。身分証明書があった方がいいわ」

 地球人に隠れて過ごしたい宇宙人は、もうひと組あった。けれども、彼らの中の、特に若い世代に、この地球という異世界に興味津々なものが何人かいた。
 祖国とまったく違う環境に身を於いて、そこで学びたいと思わない方が不自然であろう、ブルマは彼らの希望をぜひ叶えてやりたかった。
 最長老も、「地球人に迷惑をかけないなら」という条件付きで、敷地の外へ出ることを許した。
 身分証明書が作られ次第、彼らをあちこちへ連れ出すつもりのブルマであった。

 ダイニングから隣のリビングへ席を移し、食後のデザートが並べられた。
「体調はどう?」
 ベジータと、テーブルを挟んだ向かいに座ってブルマは尋ねた。あれだけ食べた様を見た後では、愚問だったかもしれない。
「ね、あんたは興味ないの? 地球の文化に」
「無いな」
 デザートはレモンのシャーベットだった。口の中の脂がスッキリと流される。
「つまんなーい。孫くんが帰ってくるまで、閉じこもってるつもり?」
「こんな辺境の田舎に、見るべき価値のあるモノがあるとは思えん」
「‥‥あんたって、勉強、キライでしょ?」
「はあ?」
 ベジータが怪訝な顔を見せた。ブルマは構わず、自分のシャーベットにとりかかる。
「知識の蓄積を厭うなーんて、勉強嫌いの言い分だわ」
「厭う? あんな、ボタンひとつで終わる作業を?」
 ベジータの発した言葉に、ブルマの手が止まった。

「ボタンひとつ?」

 ブルマはそのまま身じろぎせずに、ベジータを見つめた。けれど、ベジータを見てはいない。何やら考え事をしている。
 手にした器の中でシャーベットが半分ほど液体になったところで、ブルマは再び口を開いた。
「‥‥あんた、今朝、父さんのラボで、宇宙船の機構を説明してたわよね」
「ああ」
「あんたは、その宇宙船の知識を、どうやって覚えたの?」
「圧縮データだが?」
「なに、それ!!???」
 テーブルを乗り越えて、ブルマがベジータの顔面に迫った。
「『なに』って、脳に直接刷り込む‥‥」
「詳しく話して!!」
 ベジータの胸ぐらをつかんで揺するブルマの目は爛々としている。

「ブルマさ〜ん、ベジータちゃんが困ってるじゃないの」
 母親にたしなめられて、ようやくブルマは我に返った。そして、目の前のベジータが困惑した顔で固まっているのを、シャーベットの器を倒してテーブルと床を汚してしまっているのを、父親の表情も変わっているのを、見た。

 圧縮データは、フリーザ軍のテクノロジーの一つだ。
 必要な情報を特殊な信号にして、それを視界から受け入れることで脳に膨大な情報を刷り込む技術なのだ。
 基本、彼らの移動は個人乗りのアタックボールで、作戦行動も少人数で行われる。もし、宇宙船にトラブルがあった場合、それは各自で処理しなければならない。そのため、ベジータにはアタックボールの機構の詳細が頭に入っている。
「ああ、カカロットは勉強がキライだったのかもな。あのボールには、データが積まれてなかった」
 言いながらベジータは、ブリーフ・ラボで感じた違和感をまた思い出していた。
 カカロットのボールには、あらゆる装備が不足している。およそ、遠征用のボールとは思えない準備不足だ。まるで、慌てて逃げ出したかのような。

 ブリーフが口を挟んだ。
「悟空くんのじゃない、他の宇宙船には、積まれているのか?」
「ああ」
 するとブリーフは目つきが変わった。
「来たまえ。ブルマも」
 有無を言わせないふうに短く言うと、ベジータをラボに促した。ブルマはベジータの腕をひっぱり、走るように父親の後を付いていく。
 ラボに付くと、今朝に出し広げた後にきちんとしまわれてあったファイル棚をふたたび取り出して、ブリーフはそこに挟んであった小さいカプセルを取り出した。『サンプル1472』とラベルの貼られたそれの展開スイッチを押して作業台に投げると、ポンと破裂して中から壊れた機械の破片が現れた。
「父さん、これは?」
「悟空くんのお兄さんの乗っていた宇宙船だよ」
 悟飯が壊してしまった上に、ブルマがリモコンの操作を誤って爆破させてしまったものだ。
「ベジータ君、その圧縮データが積んであるのはどこだ?」
 それまでにない真剣さで尋ねられて、ベジータは唾を飲む。ベジータの脳に刷り込まれた知識が、バラバラの破片から基盤の部品を見つけて集めていく。
「データは、このチップだ。だが、ディスプレイがここまで割れていては、な」
 アタックボールのフロントシールドの内側は、データディスプレイも兼ねている。だが、それは粉みじんになっていて、辛うじて残っていた大きな破片すら、細かいヒビが無数に走って白く濁っていた。
「スカウターがあったら、そっちで見られるんだが‥‥」
「スカウター!!」
 ブルマは飛び上がらんばかりの大声を上げると、ブリーフ・ラボを飛び出した。
 そして息切れとともに戻ってきたとき。

 その手にはスカウターが握られていた。

「スカウター! 何だって、おまえがそんなモノを!?」
「孫くんのお兄さんのよ」
「ラディッツの‥‥」
 ベジータがごくりと唾を飲む。
 ブリーフが所持していた半壊の基盤は、ラディッツのものだ。
 そしてブルマが持ってきたものは、スカウター。しかも、同じ所有者の。
 静かに、しかし熱気を持ってこちらを見るブルマ達を尻目に、ベジータはスカウターを操作し、頼りない基盤から辛うじて破壊を免れたケーブルを捜し当て、足りない部品は類似のものを要求し、そうして小一時間ほどかけてデータチップとスカウターとの接続を成功させた。
 歓喜の声は上がらない。3人ともが黙って、成り行きを見守っている。
 左耳にスカウターを装着し、起動スイッチを押す。
「‥‥‥‥チッ!」
 舌打ちをして、スカウターを耳からむしり取る。
「どうしたの!?」
 とうとう緊張に耐えられなくなって、ブルマが声を上げた。その額には汗がにじんでいて、手のひらもじっとりしている。
「表記エラーだ。言語表記が正常に作動しない」
「言語表記!!」
 思い当たることがあるブルマは「貸して!」と、半ば奪うようにベジータの手からスカウターを受け取った。
「言語表記が直ればいいのね?」
 スカウターがブルマのコンピュータと繋げられた。
「父さん、そっちのディスプレイを使うわよ」
 言い終えるのと同時にブルマは『決定』キーを押した。

 ブリーフ・ラボの立体空間ディスプレイに、おびただしい文字と画像が浮かび上がった!

「きゃあああッ! 成功よ!!!」
 ブルマは快哉の声を上げて椅子から飛び上がった。

 次々と映し出される文字は、エラーが矯正されて正常に表記されたフリーザ軍標準語。いや、それだけではない。別の側のディスプレイには地球語が。
 つまり、圧縮データとして収納されていたチップの中の情報が、ブルマの手によって解凍され、しかも地球語に翻訳されて全てが剥き出しにされたのだった。

「ふ‥‥」
 ベジータの口元が緩んだ。
「ふ‥‥はははっ! ブリーフ、貴殿の娘は、俺の午前中の作業が全て無意味だったと証明したぞ!!」
 嫌みでも当てこすりでもなく、ただ純粋にベジータは笑った。
 全宇宙の粋を集めたフリーザ軍最高テクノロジーが、この親子にかかれば一瞬で解読されてしまった。フリーザもさぞや、あの世とやらで地団駄を踏んでいることだろう。
 この親子は興味深い。少々、品性が下劣なところはあるが、それは多少目を瞑ろう。
 カプセルコーポレーションとやらを、しばらくの仮住まいにしてもいいだろう、とベジータは思った。
 その時。
「ねー、こっちの画像って‥‥えええええええ!!!???」
 ブルマが頓狂な悲鳴を上げた。
 ベジータが顔を上げると、そこには全裸の男女が卑猥に絡み合っている映像が次々と映し出されていた。
「ほうほう、これはポルノグラフィでいいのかな? サイヤ人とも地球人ともまた違う人種のようだが、よく似た外見だね‥‥」
「詳しく解説しなくていいわーーー!!」
 まじまじと見る父親に抗議をしつつ、ブルマはワイセツ画像を消そうとするが、データを刳っても刳っても次々と新しい画像が現れる。
「ああああああもおおおおお! ベジータのバカ!! ヘンタイ!!」
「俺は関係ない!!!」
 何だってこんなデータを一緒に入れてるのかと、恨みたい相手は既に亡く。一方的にブルマから浴びせられる罵声にベジータは、ただただ耳を塞ぐしかなかった。

 


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