日常話(1) その4 |
ベジータが協力した高重力下実験は、研究所に大きく貢献した。実験に用いられた素材群の主要なデータが大幅に更新され、そこから派生する別のデータも変更を余儀なくされ、研究所はてんてこ舞いになった。ブリーフ社長にも、その余波が回ってきた。 「ベジータ君、すまないがまだ帰れそうにない。もうちょっと待って貰えないか」 「構わん、一人で帰る」 研究員が次々に書類を持ってくる、それをせわしなく捌きながらブリーフがベジータに頭を下げる。ベジータは、帰り道は分かっているし、あのいかがわしくノロマな飛行機に乗らずとも自分で飛んで帰った方がよっぽど早いのだ。「すまないね」とまた謝るブリーフを残し、さっさと開発センターを後にした。 飛行機の半分以下の時間で、カプセルコーポレーションにベジータは戻ってきた。 ふと、中庭に、今朝までは無かった巨大なタンクを発見し、何とはなくそこに降りた。 「あ、お帰り」 タンクの脇にブルマがいた。数人のナメック星人も。ベジータの顔を見て、彼らは怯えて肩をすくませる。 「父さんは?」 「仕事が残ってる」 答え方が素っ気ないのは、目の前のタンクに視線をやっていたからだ。 「これね、ナメック星人さん達の水タンクね。頑張って作ったんだから、壊さないでよ」 謎が解けたベジータはとたんに興味を失い、さっさと部屋へ向う。ナメック星人の緊張が解け、ホッとした空気になる。ブルマは彼らに手を振り別れ、ベジータの後ろを追いかけた。 「どう、よかったらお茶でも飲まない? 夕食まではまだ時間があるわよ」 ブルマが魅力的な誘いをかけてきた。昼食をほとんど摂らなかったベジータは、その直後に体を動かし、おおいに空腹を感じているところだった。歩調をゆるめたのが賛同の表れだと判断したブルマはベジータの前に出て、「こっちよ」とリビングへ案内した。 ティーポットにたっぷり、おかわりの分も用意して、紅茶とチョコレートをベジータの前に差し出した。 今朝のコーヒー同様、カップに注がれた液体は複雑な匂いを放つ。飲料にここまで香りをつけるということは、これらは水分摂取が目的ではなく嗜好品なのだとベジータは解釈する。朝に夕にと、こうも頻繁に嗜好品を喫するとは、脳天気な人種だと思った。 茶の横に添えられたチョコレートに手を伸ばし、それを一粒、口に放り込んだ。 「‥‥‥‥うまいな」 思わず、声に出てしまった。 濃厚な風味と強烈な甘さが、どっしりと胃に落ちる。 「おいしい? これ、ディバゴのトリュフよ。あたしも好きなのよねー」 言いながらブルマも口に入れる。ブルマが一つ食べている間に、ベジータは2つ3つと平らげていく。 「甘いの、好きなんだ。なんか意外」 「モノを食ってる実感がある」 「は?」 「地球の食い物は、軽すぎる」 戦うことが本能であるサイヤ人は、絶えず動き続ける人種でもあり、つまり地球人と桁違いのカロリーを日常的に消費している。それはサイヤ人に限らず、フリーザの配下にいた軍人ら全てがそうであった。そんな彼らにとって食事とは、効率よくカロリーを摂取できるもの、となる。スケジュールに応じた必要カロリーと栄養素が計算され、合成されたブロック状の物質がプレートに種類ごとに盛られ、それを胃にねじ込むように収める、それがこれまでベジータが摂ってきた食事だった。 それに対して地球の食事は、スカスカのパンやら、シャキシャキの生野菜やら、どれも柔らかく歯ごたえが無く、まともに顎を使わないまま飲みこめてしまい、しかもいくら食べても腹にたまらない。結果、見た目には相当の量を時間をかけて摂取することになり、それが煩わしく思わなくもなかった。 「だったら、いいものがあるわ」 ちょっと待ってね、と言ってブルマは立ち上がるとリビングを出て、しばらくして何かを手に持って帰ってきた。 「これね、宇宙船に積んであった非常食なの。往復ぶんを用意してたんだけど、ほら、ドラゴンボールで帰って来ちゃったじゃない? 余っちゃって」 手の中には個包装された四角いものが何本か。 「味見してみる? 1本で1000キロカロリーだけど、あんたなら晩ごはんに響かないでしょ」 包装を破って、ベジータに渡す。受け取ったベジータは、用心深く匂いを嗅いで、そしてひとくち、口に入れてみた。 先ほどのチョコレートのような重量感があった。 あっという間に1本平らげたベジータを眺めて、ブルマは言った。 「そうよねー。いっぱい食べるとなったら、時間がかかるわよね。あんたが良ければ、たとえば昼食とかは、そんなバー・フードにしてもいいわよ」 C.C.の宇宙開発部門で研究もされている、携帯食料だ。試食係が増えるのは問題ない。 「けどね」 ブルマは付け足す。 「3度の食事のうち、最低1回はあたし達と一緒に、あたし達と同じものを食べなさい。できれば夕食ね。大事なコミュニケーションの時間なのよ」 「コミュニケーションだと? そんなものは必要ない」 「だったら『カンファレンス』とでも言いかえたらいいの? それから点呼よ。1日の活動報告と、翌日の予定連絡。あんたがこれまでいた星に、そんな習慣がなかったはずはないでしょう?」 ベジータは、ぐっと言葉に詰まった。 ブルマは、予想は当たったと思った。 サイヤ人はフリーザの下で戦争をしていた、いわば軍人だ。しかもそうとうに高度な技術を有している国家の。ならば、原始人のような野蛮な体当たりの戦争ではなく、作戦を練りつつ行軍を行っているだろう。当然軍規があり、それに従う習慣があるはずだ。ブルマがいちばん最初にフリーザに遭遇したとき、彼らが隊列を作って飛んでいたのを見た。 彼らの共同体にも、ルールはある。それを遵守せねばならぬという感覚も。 ベジータがそれ以上言い返してこないことを確認して、ブルマは続けた。 「ま、1日1回は、顔を会わせてよ。じゃなきゃ、低重力症だっていうのも、食事が不満なのも、分からないじゃん」 母さんに、夕食はボリュームのあるものを用意するよう伝えておくわ、と言いながら、ブルマはティーカップを傾けた。 繊細な造りのティーカップの持ち手をそっと掴み、熱い紅茶を吹き冷ましながら慎重に飲むベジータの姿を、ブルマは何の気無しに眺めていた。 こうして見れば、地球の男と何ら変わらない。悟空もそうだ、彼が並の地球人と異なることとは、山奥にひとりで暮らしていたために世間に疎いという以上にはなく、裸にひんむいて尻尾の跡を見ない限り誰が彼を宇宙人だと思うだろうか。 けれども、悟空も、目の前の男も、まさしく宇宙人である。 決定的な違いがある。 ひたすらに、戦うことを好む、その本能。 見られていることに気付いて、ベジータは「なんだ?」と訝しげに振り返る。 「あんたさあ‥‥」 ブルマは先ほどからずっと、気になっていることを思い切って尋ねてみた。 「あんたさあ、その、いままで、『環境のいい星を売買する』仕事をしてたんだよね」 「そうだ」 「これからも、そうするの?」 「‥‥‥‥さあな」 星の支配者を交替させる。それは強くなければできないことであった。だからこそ、己の強さの証明のためにも、フリーザに代わって宇宙を支配することはひとつの目標でもあった。 惑星ベジータもまた、フリーザの強さを見せつけられた星のひとつである。 けれど、フリーザが惑星ベジータに求めていたのは星ではなく、そこに住まう人であった。その為、住人たちは脅威にさらされることなく、寧ろ戦う場を無限に与えられたことで、この新たな支配者を諸手を挙げて歓迎した。フリーザの命じるままに働けば、戦闘民族サイヤ人の欲望は満たされていた。甘美な餌を与えられ、飼い慣らされていることに気づかずに。 ‥‥自分がフリーザに代わって宇宙の支配者になりたいと思っていたのも、所詮、フリーザの作り上げた安っぽい価値観に目が眩んだだけではないのか? 今更、自分に必要なのか? フリーザに代わって、新たに、他の星星を征服する道が。 ベジータはブルマの質問に、明確に答えられなかったが、ブルマは続けて聞いてきた。 「その仕事にさ、孫くんが一緒に行きたいって言ったら、どうする?」 いきなり何を、素っ頓狂なことを言い出すのだろうかと、ベジータは目を丸くした。よほどヘンな顔をしていたのだろうか、ベジータと目があったブルマは笑った。 「たとえばの話、よ」 「おまえらは、俺たちの仕事を軽蔑してたんじゃなかったのか?」 ラディッツが最初にカカロットと会ったとき、そんな会話をしていたのを通信機が拾っていた。 「そりゃあね、侵略とか略奪とか、賛成したいことじゃないけどさ。この地球にだって国家間戦争の歴史はあるわよ」 国家の利益のために奪い合いをすることは珍しい現象ではない。自分が被征服側になるのはさらさら御免だが、観察者の位置でいることを許されるなら、彼らの考えは理解できる。 「でもさ、あんたたちってそもそも、孫くんに手伝って欲しくて、呼びにきたんでしょう? ‥‥手こずりそうな星があるから、って」 そう言えばそうだったな、とベジータは、もともとの目的を思い出す。 「あんた達が手こずるってことは、よっぽど強い相手がいたんでしょう」 悟空の性格を思い出す。 強い相手ほど、ワクワクするって。 ピッコロ大魔王とも、ベジータとも、また戦いたいと言っている。この2人が、地球を危機に晒したというのに。 地球の危機よりも、戦うことを望む。 何千人と、何万人と、犠牲が出ようとも、ただ強いやつと戦いたいという、本能に忠実な欲望によって。 ああ、あの子はサイヤ人だ。 「連れて行かないで」 ブルマの声は、こころなしか掠れている。 「連れて行かないで。あの子はこの地球を守るのよ」 「誰が連れて行くか」 ベジータは鼻で笑った。 「役立たずの下級戦士だ、地球人ひとり殺せない、な」 ラディッツがカカロットに要求した、地球人100人の死体を積み上げる、その程度のことすらできない男が、もし仮に頭を下げて詫びて付いてきたいと言ったとして、何の役に立つものか。そもそもカカロットは自分が殺すのだ、連れて行けと言われても無理な話だ。 「あの子だって、殺すわよ」 それも、自分の兄を。 「ああ、つまんない話、しちゃったわ!」 ブルマは不自然に話を断ち切り、席を立った。テーブルの上の食器を手早く片付ける。 「夕食は7時よ。食べ損ねたくなかったら、時間厳守だからね」 言いながらリビングを足早に出ていった。 (言うだけ言って、行きやがった) ひとり残ったベジータは、慌ただしくかしましい女の後ろ姿を見ながら、やっぱりアレは下品だと改めて感想を抱いた。 7時。食卓には全員が揃ったのだった。 |
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