日常話(1) その2 |
ブルマ達の乗った飛行機の方が先にカプセルコーポレーションに到着した。 「うわ〜‥‥」 悟飯は、西の都の賑やかさと、ブルマの家の広大な敷地と近代的な建造物と設備の数々に、あんぐりと口を開けた。 山暮らしの悟飯にとって、カプセルコーポレーションは、テレビの映像でしか見たことのない様なものだった。まだ子供である悟飯だが、ブルマの家が庶民のそれでないことは理解出来た。 同じ事を、ベジータも分かった。私邸の広さがすなわち、財の大きさを意味するのは宇宙共通の価値観なのだろう。 「こ、ここ、ブルマさんの家‥‥?」 庭先のエアポートに着陸する。敷地を表す塀の中に入ったのに、森林が広がり、動物たちの息づかいが聞こえる。 「そーよー。ね、ここなら、ナメック星人さん達が集まっても大丈夫でしょ?」 ブルマは「こっちよ」と手招きして先に進む。オートウォークが動き出した。エアポートから居住区の中に繋がっている、その途中を通る中庭はあらゆる木々が繁り花が咲き、多くの動物が暮らしている。さながら、巨大な博物館といった体だ。悟飯はただただ珍しさにさっきから妙な感嘆の声が止まらない。 ベジータはといえば、彼もまた、改めて詳しく目にする地球の生物群に少なからず驚いるようではあるが、多種多様な生命はいるものの、この敷地の中で自分に危害を加える存在は無いことを理解した。おかげで、周辺の状況を詳しく分析する余裕も出てきた。 自然物の構成、人工物の素材。 それらが発する音、臭い、熱。 動き方、動かし方。 仕組みが一目で分かるものもあれば、複雑な手順が必要なものもある。 人種は似ていても、やはり異文化だ、と実感した。 オートウォークの終点は、脇にドアが並ぶ通路の端だった。 「とりあえずあんたも、悟飯くんも、シャワー浴びて着替えちゃいなさい。ボロボロじゃないの」 ブルマがドアのひとつを開けると、中から膝丈ほどの機械人形が現れた。 『ヨウコソ、オイデクダサイマシタ』 目にあたる部分に大きなカメラを備え、多関節の腕の先に物を掴める爪を付けたロボットだった。布製の服を着せている。音声は口元のスピーカーから発せられていた。無駄な装飾が多いこの構造が地球の標準なのだろうかと、ベジータは首をかしげていた。 「ロボちゃん、今日のお客はこの2人ね。ベジータくんと悟飯くん」 『‥‥データ、トウロク、シマシタ』 「さ、入って頂戴。これでもう、この部屋に出入りするのに鍵も何も要らないから」 ブルマはすたすたと部屋に入り、備え付けのシャワールームに2人を促した。 そこでブルマは気が付いた。さて、宇宙人のベジータは、これらの設備の使い方を理解出来るのだろうか? 「悟飯くん、一緒に入って、お風呂とトイレの使い方、教えてやってよ」 「えっ、ぼ、ボクがですか!?」 「口で説明するより、早いでしょ」 と、ブルマはベジータの方を見た。 「地球にも、自動でお湯が出るぐらいの技術があるってことを、思い知りなさいよね」 「ああ?」 イヤミな女だな、ベジータがそう言い返してやるよりも早く、ブルマは向きを変えていた。 「着替えはロボちゃんに用意させておくわ。ああ、ロボちゃん。あとで2人を中央ホールまで案内してね」 『カシコマリマシタ』 言うだけ言ってブルマは、さっさと部屋を出て行った。自分も早く埃を落としたいのだ。なにせナメック星では、ほぼ野宿のようなものだったのだから。 「くそったれ」 いつの間にやら、完全にあの女のペースだ、とベジータは舌打ちする。勝手の利かない地球で、本来ならば彼女の行動はすばらしく適切なサポートなのだが、あの有無を言わせぬ態度が気に入らない。俺を誰だと思っている、サイヤ人の王子だぞと言ってやりたいが、言ったところで今度はそれに関する質問を次々投げかけてくるに違いない。あんな物怖じしない人間と遭遇するのは初めてかもしれない。 「あ、あの‥‥ベジータさん?」 振り返れば、家事ロボットから2人分のタオルを受け取った悟飯が立っている。 「とにかく、入りませんか?」 こいつはこいつで、呑気な表情でこっちを見上げていた。完全に自分に対する警戒心を解いている、それが露骨に分かり、これも不愉快だった。 けれども、汚れを落として中央ホールとやらに行かなければ話が進みそうにない。渋々ベジータも服を脱いだ。 「えっと、蛇口の青い印が水で、赤い方がお湯で‥‥」 と、悟飯の説明が止まった。 「‥‥ごめんなさい、ベジータさん。‥‥ボク、使い方、わかりません‥‥」 ずらりと並んだ、薔薇の香りに統一されたアメニティグッズの数々に、2人は絶句した。 ローズピンクのボトルに収められたボディソープもトリートメントオイルもスクラブジェルも何一つ使えぬまま、いちおうの身支度を整えたベジータと悟飯は、家事ロボットの後をついて中央ホールに到着した。 遅れて到着したナメック星人たちも集まっており、銘々に散って互いに談笑し合っている。フロア中を家事ロボットが、盆とグラスを乗せたワゴンを押しながらうろうろしている。それとは別にテーブルがあり、その周りは別のロボットが料理の乗ったトレイを運んでいる。ほっそりとした穏やかな印象の女性がそれらを受け取り、テーブルの上に並べていた。 「あら、いらっしゃい」 ベジータ達の到着に気付いた女性が言った。 「アナタが悟飯ちゃんね? まあまあ、悟空ちゃんにそっくりですこと」 「はい、孫悟飯です」 礼儀正しく悟飯はお辞儀をする。 「こちらはステキな殿方ね。ブルマちゃんの新しいボーイフレンドかしら?」 「なッ!?」 どうして地球人はどいつもこいつも、そういった視点で人を評価するのか‥‥。それとも、これが地球人の常識なのか? 見れば目の前の女は、肩と臍の見える、かなり露出の高い格好だ。さっきの飛行機械にあった画像といい、下品なのが標準なのだろうか。ベジータは理解に苦しんだ。 女性は、ふふふ、と笑って、改めて姿勢を正した。 「初めまして。ブリーフの家内です。お客様をおもてなしするように言付かってるわ。ブリーフは所用で少々遅れます。どうぞ、たくさん召し上がってね」 優雅な動作で夫人は礼をし、それに対してベジータも、先ほどブリーフに対して見せたような挨拶を返す。そして、空いている適当な席に座り、大皿から取り分けられた料理を見た。毒は入っていないようだ。多少の毒物なら慣らしてあるのだが、なにしろここは未知の惑星だ、自分の知らぬ毒物があるかもしれない。 と、ベジータは、見知らぬ相手から供される食品について常どおりの、一通りの警戒をする。だが、同じ皿から取り分けたものを食べている悟飯が平気なところを見ると、食して問題はないようだ。なにより、漂う美味そうな匂いに、ここ数日まともな食事をしていなかった彼は耐え難くなっていた。 テーブルを見回す。乾いた物は手で掴んで大丈夫そうだ。スプーンは、どの星でも似た形状なのが面白い。三つ叉に分かれているこれが、フォークなのだろうか。この2本の棒は何だろう? ‥‥少々の困惑はあるが、自分たちの文化圏での食事の仕方と大して変わらないらしい。 (は〜‥‥。本当に、王子サマなのね、あいつ‥‥) ちょうどホールに入ったときに母親とベジータの遣り取りを目にして、ブルマは改めて思った。 動作のひとつひとつが板に付いている。 悟飯は、わかる。チチが彼の躾にかなり厳しいと聞いた、さっきのお辞儀にしても、子供とは思えない完璧な角度だったではないか。 同じような躾を、ベジータも幼少時に受けていたのだろう。 2人は母親の勧めるまま席に座り、食事を始めていた。2人とも綺麗な食べ方だ。 「地球の料理は、サイヤ人の口に合うかしら?」 言いながらブルマは、2人のテーブルに近付く。悟飯は素直に返事をしたが、ベジータはこちらを一瞥しただけで、また皿に視線を戻した。 (母さんと態度がぜんぜん違うじゃないの) この猫かぶり、とか言ってやろうかと思ったが、ぐっと呑み込む。 「ナメック星人さん達は? 本当に、水だけでいいの?」 気を取り直して、他のゲストの様子も伺う。尋ねると、新たに最長老となったムーリが答えた。 「いや、十分すぎるほどのもてなしを頂いております。色々な水をご用意いただき、皆、喜んでいるところです」 感謝の言葉を並べるムーリ。テーブルの上には様々な種類のミネラルウォーターの瓶が並べられ、飲み比べまで楽しんでいるようだ。 「ピッコロはいるの?」 ブルマが首を回して捜すと、窓際にいつもの腕組み姿で立っているのを見つけた。 「なんだ?」 「これからのことを話したいわ。最長老さまも、ベジータくんもね」 ブルマ達のテーブルに近付いて、ピッコロはそこに座るもう一つの異星人を睨んだ。 「‥‥ブルマとやら。なんでおまえはこいつを連れてきた?」 ベジータの手が止まり、ピッコロを睨み返す。 「ツーノの村を全滅させた、こいつを」 「殺されることを選んだのは、あいつらだ」 つまらなそうに、ベジータは言った。 「なんだと!?」 「そうだろう。オレは、大人しくドラゴンボールをよこせと言ったんだ。だが、あいつらは抵抗した。素直に渡してたら殺しはしなかったさ」 ベジータの言葉に、ブルマは内心、ぎくりとした。 彼の言わんとすることは、よく分かっている。 彼女もまた、ドラゴンボールを持っているところをベジータに襲われ、しかしクリリンが命の保証と引き替えに渡したことで、こうして事なきを得ているのだ。 ブルマはこうして無事に生きているから、ベジータを受け入れることへの抵抗は少なかった。彼がフリーザの仲間ではないことも実感として分かっている。だが、同じフロアにいるナメック星人の同胞を殺した人物であるという事実は残っている。 「よしなされ、ピッコロ君」 間に入ったのは、ムーリ長老だ。 「彼の言うとおりだ、ツーノも、私も、皆の命よりドラゴンボールを選んだのだ。愚かしいことだよ」 「そ、そんなことないです!」 悟飯が立ち上がった。 「だって、ドラゴンボールがフリーザの手に渡ったら、もっとひどいことになってたんですよ! 渡さなくて正解です」 「ありがとう、地球の子よ」 「まったく‥‥」 話が逸れたことに安堵し、ブルマは椅子に座り直した。 「『何で連れてきたか』、ですって? 子供をあんなところに放っておけないじゃないの。どうにかして仲間のところに帰してやらなきゃ」 「こッ‥‥!?」 そう、ブルマはこの背が低く童顔の男を、子供だと思っているのである。 自分よりもずっと若い‥‥もしかしたら、悟空よりも。ひょっとすると10代かもしれないと。 右も左も分からないであろう地球に放り出されて、元の星へ戻る術もない。そんな子を放置していられようか、そんな気分だったのである。 「誰が」 子供か、そう言い返そうとしたが、それよりも早くブルマに問いかけられた。 「で、あんたはどうしたい? ああ、ドラゴンボールに頼むのは、ナシね、あたしの仲間を生き返らせるのが先だから。1年過ぎちゃうと、生き返れなくなっちゃう‥‥」 そこまで言ってブルマは、はたと気が付いた。 「そうそう、ドラゴンボールは、今回で全部使っちゃったのよね? ナメック星のは、次いつ使えるようになるの? ねえピッコロ、地球のドラゴンボールは、蘇りの時間制限はあるの??」 一難去ってまた一難、叶えるべき願いが今回は多すぎる。 「‥‥石になったドラゴンボールが再び力を取り戻すのは、一の陽が天を1周してからだ」 ムーリが応えた。ナメック星の3つある太陽のひとつに対する公転周期ぶんの日数が必要ということか。 「『一の陽』って、どれよ?」 「いちばん早く巡る太陽だ」 ムーリの答えを聞いて、ブルマは常に持ち歩いている電卓をポケットから取り出し、カチカチとものすごい勢いでキーを叩き始めた。 険しい顔をしていたが‥‥徐々にそれがほころんでいく。 「130日! 4ヶ月ちょっとよ!! なーんだ、本場のドラゴンボールって、気前がいいのねえ」 ブルマの一連の行動を見て、周りの皆は呆然と口を開けている。 「‥‥‥‥ブルマさん、何で分かるんですか?」 3つの太陽のどれが何やら区別すらつかなかった悟飯は、それをあっさりと判断してしまうブルマに驚きを隠せない。 「あのねえ。あたしが一人で放ったらかしにされてて、どんだけ退屈だったと思ってんの? 天体の観測ぐらいしか、することなかったのよ!」 事も無げに言ってのけて、ブルマは電卓を元の場所にしまう。 「そんなわけで、ベジータくん。あんたがドラゴンボールを使って帰るにしても、順番は守って貰うわ。もっとも、うちで宇宙船を造ることだってできるだろうけど、素材の分析からスタートだから、どのくらいかかるか分からないけど、待てる? 孫くんが戻ってくるまでに逃げた方がいいでしょ?」 「逃げる、だと?」 聞き捨てならない言葉が聞こえた。否定したかった先刻の話題はどうでもよくなった。 「逃げるだと? このオレが? カカロットから?」 ベジータの眉根がつり上がる。けれど、ブルマはお構いなしに続ける。 「それとも、孫くんがいない間に地球をどうにかするつもり? 言っとくけどね、そんなことしたら絶対に、ぜ〜〜〜ったいに、アンタに宇宙船は造らないからね! ドラゴンボール捜しだって手伝ってやらないわ! ひとりぼっちで野垂れ死ぬのよ、分かってなさい」 「この女、誰に向かって口をきいてるんだ!」 「ベジータさん!!」 「ベジータ!!」 殺気立つベジータ、悟飯、ピッコロ。一触即発の雰囲気に、周りのナメック星人達もざわつき、後ずさる。 「あらあら、にぎやかね〜」 のほほんとした声が張りつめた空気を破る。新しい皿を持って来たブルマの母だった。 「うふふ、こんな大勢のお客様、久しぶりだから張り切っちゃったわ。ねえ、最長老さま、こんなのを作ってみたんですけれど」 睨み合う3人の間を、何も気にせず割って入り、夫人はしずしずと近寄ってくる。彼女の手には、ミントの葉を乗せたクラッシュアイスと、螺旋切りにしたオレンジの皮を飾った熱い湯の乗ったトレイがある。 「マダム、今はここを離れた方が‥‥」 「お水に香りを付けてみたんですのよ。他にもいろいろ試しましょうか」 額に汗をかいているムーリの険しい表情などお構いなしに、夫人はグラスの説明を続けた。夫人の闖入で、互いの戦闘態勢は強引に解かれた。 (な‥‥なんだ、この女は?) 戦闘力など皆無に等しい、だからなのか、この状況が理解出来ずに、こうも平然としていられるのか? ベジータには、彼女の行動が全く理解出来ない。 「ピッコロちゃんも、召し上がりません? ああ、ベジータちゃんにはお酒が入ったのも作れますわよ」 「ちょっと母さん、子供にお酒なんか勧めないでよ」 「誰が子供だ」 違う、今更こんな事をこの女に言いたいわけじゃない。けれど、すっかり調子が狂ってしまった。 この地球は、いや、この家は、この家族は妙だ。 自分の常識が全く通用しない! 「あんたは知らないでしょうけどね、地球じゃ20歳からが大人なの! 子供はお酒を飲んじゃダメよ!」 「40年以上生きてる。文句あるのか?」 「よっッ‥‥!?」 ブルマが、目を白黒させた。 「よんじゅう!? あんた、40歳なの??」 衝撃の事実に冷や汗が流れる。 子供だとばかり思っていたから、気安く声もかけたし、連れてきたのだ。 それが40歳だとは‥‥。 悟空も、最初に会ったときに子供だと思ったら12歳だったことを思い出した。サイヤ人とは、こんなにも極端に若く見える種族なのか? 「まあ、40歳っていったら、ブルマさんよりパパの方がお話が合うんじゃないかしら。どうぞ、パパのよいお友達になって頂戴」 夫人はやはり全く動じず、グラスのトレイを持って他のナメック星人たちの方へ進んだ。 「チッ」 すっかり気が削がれたベジータは再び、料理の乗った皿にとりかかった。周りの反応なぞ構わず、食事に没頭した。 「よんじゅう‥‥」 呆然とするブルマ。我に返るまでどのくらいの時間を要しただろう? 「‥‥悟飯くんって、何歳だっけ?」 ブルマが、ふと尋ねる。見れば周りは宇宙人だらけ、地球人の物差しで測れない連中だらけなのだ。 「ボクですか? もうすぐ6歳です」 「うーん、そのくらいね」 悟飯の見た目は年齢相応だ、おかしくない。 「ピッコロって、いくつなの?」 「生まれたのは10年ぐらい前だ」 「えっ、10歳ッ!? ‥‥あ、でもアンタって、生まれ変わりって言ってたっけ。質問を変えるわ。どのくらい生きてんの?」 「さあな、百年か千年か‥‥覚えてない」 「ちょ、ちょっと、なにそれ」 千年かもしれないとは、いったいどれほど長命なのだろう。だが、彼が(正確には彼の半身が)ドラゴンボールを作り、どのドラゴンボールについての記述が古文書に載っていることを考えると、2千年であってもおかしくない。 「あ、デンデ君! デンデ君は歳はいくつなの?」 いちばん年若そうなナメック星人、彼は果たして何歳なのか? 「えっと、あの‥‥『トシ』ってなんですか?」 「生まれて何年か、ってことよ」 「『ねん』って‥‥?」 そこまで聞いて、ブルマはあることに気が付いた。 「ねえ、あなた達って、暦はあるの? 時計は?」 ナメック星では、3つの太陽が常に空にあり、つまり夜が存在しないので、1日の区切りが分からなかったのを思い出す。 デンデは分からないというふうに、首を振った。助け船を出したのはピッコロだった。 「あの星には暦も時計もない。人々は自由に、起きたいときに起きて、飲みたい時に飲み、動きたいときに動く」 「はー‥‥、それでよく社会が成り立つわね」 「そもそも『社会』が存在しないのだ、太古の異常気象でほぼ絶滅してから復興して、ようやっとこの人数だからな」 ピッコロは、自分が知らないはずのナメック星についてどうしてこうも分かるのかと、自分でも不思議だったが、これらがネイルの記憶に因るものだとすぐに思い至った。 それからしばらくブルマとピッコロは、互いの星の事について語り合い、それを悟飯も興味深く聞いていた。最長老の付き人をしていたネイルという者はよほど博識だったらしく、ピッコロの持つ地球の何千年分の記憶がネイルの分析によって整理され、ピッコロの口から地球とナメックの差違について緻密な情報がもたらされ、ブルマの知識欲を大いに刺激した。 その会話を脇で聞くともなしに聞きながら、ベジータはブルマの理解力の高さに驚きつつあった。 サイヤ人とフリーザ軍の文化と技術についてはベジータも理解出来る、けれど、ナメック星については、こうして一度聞いただけでは十分に理解出来る自信はない。けれど、ブルマという女はすっかり呑み込めているようである。 こんな若い女が科学者ヅラしていることに鼻で笑ったものだが、どうして、地球の科学力の低さを侮りすぎていたかもしれない。 もとの星群へ近いうちに戻ることは、がぜん現実味を帯びてきた。 「おお、おお。盛り上がっているね」 会社社長としての野暮用を済ませてようやくホールに入ってきたブリーフが、娘とナメック星人が白熱した議論をしているのを見て目を細めた。そうそう、異文化との交流はこうでなくてはならない。 「おや、それはモヒートかな? 母さん、わしにも貰えるかい」 「はいはい。ベジータちゃんも同じのでよろしいかしら?」 特に否定しなかったベジータの前に、ミントの葉が浮かんだ透明な液体のグラスが運ばれる。ベジータがそれを持つと、ブリーフも自分のグラスを持ち、「出会いに乾杯といこう」などと言いながらグラスをぶつけてきた。チン、と綺麗な音がした。 「‥‥今のは何だ?」 「友情を深める儀式だよ」 と、ブリーフはグラスに口を付けた。 ベジータも続けて中の液体を口に含む。香草の爽やかさは存外気に入ったが、もう少し甘い方が好みだった。 「博士(ドクター)」 「ブリーフでいいよ」 「ブリーフ、貴殿は私の宇宙船を造れるのか?」 ブリーフと向かい合いベジータは、いちばん肝心なことを確認した。いま、こうして生ぬるい空気の中で酒を飲んでいるのも、この家では地球を脱する手がかりがあると考えてのことなのだ。これがノーなら‥‥。 「そうだねえ、1からの作り直しだから、ちょっと時間はかかるけどね」 できるよ、とブリーフは断言した。 「どのくらいかかる?」 「3,4ヶ月ぐらいかな」 ドラゴンボールが復活するのと、ほぼ同じ期間をブリーフは提示した。 そこでベジータは振り返り、ブルマに向かって言った。 「女、さっきの答えだ」 「へ?」 「カカロットが戻るまでは待っててやる」 宇宙船さえできあがれば、用はない。 ドラゴンボールで蘇ったカカロットを即座にこの手で殺し、宇宙最強の戦士の称号を再び取り戻し、地球をぶっ壊してこんな星からとっとと出て行ってやる。 ベジータはグラスを飲み干した。 |
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