日常話(1) その1
 ナメック星での長かったようで短い冒険を終え、ブルマは多くの宇宙人を連れて地球に戻ってきた。
 ナメック星人らは、130日後に復活するドラゴンボールで新しく住み処となる星を見つけ、そこに移るつもりである。
 では、もう一人の宇宙人は‥‥?

* * * * *

 ドラゴンボールの力で突然、地球に戻されたブルマ達。状況は説明されたが、まだ誰もが混乱している。何はともあれ、一旦落ち着ける場所に移ろうと、近所の家で電話を借りて大人数用のスカイカーで迎えに来てもらうことにした。しばらく待つと、ブルマの父親が操縦するちいさな飛行機が上空に現れ、地上にいる集団を見つけるとゆっくりと降りてきた。
「ありがと、父さん。忙しいのにごめんね」
「なあに、可愛い娘の無事な顔を見る以上の用件などあるかね。おかえり。よく帰ってきたね」
 およそ2ヶ月ぶりの再会だが、大仰な雰囲気はない。もともと好奇心旺盛な冒険好きのこの娘は、10代の頃からあっちこっちに飛び回り、何ヶ月も戻ってこないこともあったぐらいなのだから。
「えーと、悟飯くんは会ったことないわね? 父さん、この子が孫くんの息子よ。‥‥でね、こちらがナメック星人の皆さん。彼が孫くんの同胞でサイヤ人のベジータくん‥‥」
「おお、キミはサイヤ人か! あの丸い宇宙船の持ち主だね!!
 最後まで言い終わるのを待たずに、ブリーフは嬌声をあげた。
「初めまして、コレの父親のブリーフだ。宇宙船を見せてもらったよ。いやあ、あれはすごいよ。調べれば調べるほど、宇宙の広さと己の無知を思い知らされるよ!」
「あ、あのね、父さん‥‥」
「ぜひ、うちに来てくれたまえ。あの宇宙船にはわしらでは理解出来ない機能がまだまだあるんだ。ようこそ地球へ! 嬉しいなあ」
 握手か、もしくはハグをしたいのか、ブリーフは足早にベジータに近付こうとする。
 危険な行動だ。
 この、凶暴な猛獣にうかつに近寄って、どんな危険があるか‥‥と、誰もが身構え、止めに入ろうとしたときだ。

「オーガ・ガーニック=サイヤの子、ベジータだ。この度の心遣い、感謝する」
 ひどく慇懃に、猛獣は挨拶と謝辞を述べ、あろうことかブリーフの差し出した手を握ったのだ。
 これまでのサイヤ人の行いを知っている誰もが、その姿に呆然とした。
 ベジータにしてみれば、これはしごく当然の行為だった。良い取引ができるなら、それは良い友人である。目の前の男は彼を宇宙へ返す手がかりを所持しているのだ、ことさらな敵意を向ける必要は無かった。
(ほら、やっぱり意外といいヤツじゃん)
 ブルマはひとまず安心した。
 最初にこの男と遭遇したとき。彼は、明らかな敵意をこちらに向けていた。けれど、もしあそこでベジータがいなければ、後から来たフリーザの手下という似非イケメンに自分たちは殺されていたかもしれない。そして全ての騒動が終わって地球に互いが立った今、敵だったはずの男は悟空を生き返らせることに協力的な姿勢を見せている。全く話の通じない野蛮人というわけではないと彼女は確信した。
「‥‥‥‥あ、と、父さん! みんなのスカイカーは?」
 ブルマが、本来の目的を思い出した。 
「おお、そうだった、そうだった」
 言われてようやくブリーフは、白衣のポケットをさぐる。小さなケースを取り出すと、蓋を開け、中のものを確認する。
「大人数と聞いたから、1台で足りないといけないと思ってね。ああ、この1台で大丈夫そうだ」
 ケースからカプセルをつまみ上げ、「はい、そこ空けて」と言いながら人を除け、スイッチを押したカプセルを放り投げる。ボンッと小さな破裂音がして、大型のスカイカーが姿を現した。

「な、なんだ!?」
「機械が出てきたぞ、どうやって」
「どこから出てきたんだ??」
 ナメック星人達からざわめきが起こった。ホイポイカプセルを知らない人間にとって、これほど不思議なものはない。そう言えば孫くんも「妖術だ」とか言ってたっけ‥‥ブルマはそんなことを思い出す。
 見れば、ベジータも明らかに驚いた顔をしていた。どうだ、これが地球の歴史に於ける最高傑作、ホイポイカプセルだ。
「地球の科学力も、負けてないでしょ?」
 ブルマがフフン、と鼻を鳴らすと、ベジータは驚いていた自分を誤魔化すようにそっぽを向いた。

 そのベジータに近寄り、小声で尋ねてみた。
「ベジータくん、あんた、みんなと別のに乗る?」
 この男が今すぐに危険ではない、それなりの常識を持っていることは分かった。だが、周りのナメック星人はどう思っているだろう? 西の都までの小一時間のフライト、その道中がずっとピリピリしたままの空気では互いに息苦しいに違いない。
 ベジータの返事を待たず、ブルマは父親に言った。
「父さん、大型の操縦、頼めるかしら?」
「ああ、いいよ」
(でも、さすがに二人っきりはね‥‥)
 そう考えて、悟飯を呼び止める。
「悟飯くんも来てよ。ナメック星でのこと、聞きたいわ」
「あ、はい」
 素直な返事をして、悟飯はブルマ達の方へ駆け寄った。

「じゃー、乗ってー。ベジータくんは後ろね。悟飯くんは助手席に‥‥」
 指示されるまま乗り込もうとしたベジータは、「なっ!!?」と突如、悲鳴に近い素っ頓狂な声をあげた。何事かと悟飯も中を覗き込む。と、悟飯も同じような反応だ。
「ブ、ブルマさん、これ‥‥」
「どうしたの‥‥あああああ!!!!」
 見れば、操縦席の真上にでかでかとヌードグラビアが貼り付けられてあった。1枚だけではない、壁面の隙間という隙間にびっちりと。そうだ、これは父さんの愛機だった‥‥! ブルマは慌ててそれらを破り裂いて、くしゃくしゃに丸める。
「おおーい、せっかくのラミちゃんのポスターを‥‥」
「おほほほほ、ごめんねー、掃除がまだだったみたいーー」
 遠くから聞こえる父親の抗議を聞こえないふりをして、改めて2人のサイヤ人に乗機を促した。
(チッ、娘といい父親といい、なんて下品な連中だ!)
 およそ理解出来そうにない民族だと、ベジータのイライラは益々高まった。

(うっわ〜〜。最悪‥‥‥‥)
 ベジータは不機嫌さを隠そうともしない。ブルマも、この失態をどう償うべきか思いあぐねている。その2人に囲まれて悟飯はただオロオロするだけ。
(けど、たかがヌードで、あんなに狼狽えちゃうなんて、怖い顔しててもやっぱりお子ちゃまね。さっきのアタシの冗談にも赤くなってたし)
 実はカワイイ奴だったりして、と想像すると思わず口元が緩むが、自分がそう想像していることを知られては男の反応は目に見えている。ここは努めて、耐えた。
「それにしても、あんた、あんな挨拶出来るのねー。父さんがぶん殴られるんじゃないか、ハラハラしちゃったわ」
「あの程度、王家の嗜みとして当然だ」
「王家? なに、あんた、王族なの?」
 ベジータの思いがけない正体に、ブルマが目を大きくした。宇宙人の、初めて出会う民族の、その文化の頂点に立つ人種とは、なんと興味をそそられる対象だろう!
「とうに無くなった国家の、な」
 皮肉な答えが返る。
 言いながら、ベジータは思い出す。フリーザに騙され、いいように使われていたこれまでのことを。反逆を企てた結果がこのザマで、どれ一つとってもハラワタが煮え返る。窓枠に肘を置き、そこに顎を乗せたベジータの眉間に、ますます皺が増えた。
「え、えっと‥‥」
 健気なことに悟飯は、この重苦しい雰囲気をどうにかしようと、必死で話題を捜している。
「ブルマさん、ざ、残念でしたね、ええと、その、僕たちが乗ってきた宇宙船‥‥」
「ああ、そういえばそうね」
 ナメック星まで飛んでいった、地球の素材では作られていない宇宙船。フリーザの仲間に見つかり、簡単に穴を空けられてしまった。素材がそうでは、直すことは難しいだろう。それに、その後から出発した、悟空の使った宇宙船も、ナメック星の消滅と共に、宇宙の塵になってしまったに違いない。地球のテクノロジーを大きく越える2つの宇宙船が、数日で使い物にならなくなったのだ。
「行きの航行記録は地球に送信してたから大丈夫なんだけど‥‥でもやっぱり、往復してこそのデータよね〜」
「地球に送信? そんなこと、してたんですか」
「当ったり前よー。貴重な宇宙の記録なんですからね。ほらほら、ナメック星の土とか水も、このカプセルにちゃーんと」
 言いながら、ポケットを叩く。その顔は、研究者のそれだった。
「土壌のサンプルが手に入ったから、あの星の鉱物も分かるはずよ。そうなったら、あの宇宙船の素材も地球で作れるかもしれないわ」
 悟飯は彼女の貪欲な探求心に素直に「すごい!」と感想を漏らした。
 話しながらブルマはどんどん饒舌になっていく。どうやら彼女のいつものペースに戻ったようだ。
 ふと、ブルマは思い立って、しかしあまり期待せずにベジータに尋ねた。
「あんた、本当に何にも持ってないの? あの、耳に装着する小さな機械みたいなのとかも?」
「スカウターか? 無い」
「ふーん。スカウターって言うのね」
 素っ気ない返答は想定内だ。
「じゃあ、サイヤ人のテクノロジーが分かるものは、いま着ているその服だけなのね?」
「でもこれ、すごいんですよ」
 と、悟飯。
「とっても軽くて、動くのに邪魔にならなくて、でも丈夫なんです」
「どうやって脱ぐのよ」
「引っ張ったら伸びるんです、ほら」
 悟飯は襟元を掴んで引っ張ってみせる。そのまま頭と腕を抜き、防御ジャケットを脱ぐとブルマの前に掲げた。
「‥‥あれ? 肩の裏側、それ、なに?」
「?」
 言われて初めて気が付いて、悟飯は防御ジャケットをひっくり返す。肩当ての裏に小さな突起があり、それに触ると生地に亀裂が入った。どうやらファスナーと同じ機能らしい。亀裂の奥はポケットになっている。

「何か入ってました。‥‥小さい、粒?」
「ねー、何なの、これ?」
 尋ねられてベジータも、何だったのかと確認するように覗き込んで、「ああ」と思い出したように言った。
「遠征用の錠剤セットだ」
「錠剤? クスリ? 何の?」
「さあな。どうせハイカロリー剤とか、排泄抑制剤とか、覚醒剤とか、そんなところだろう」
「かッ‥‥覚醒‥‥!」
 途端に眉間に皺を寄せるブルマ。
「何てモノ持ってんのよ!! え、まさか、あんたも飲んでんの!?」
(ヤバいヤバいヤバい、ヤク中で殺人狂なんて、あたし、とんでもないヤツを拾っちゃった!?)
 背中を嫌な汗が落ちる。
「チッ、飲んでたら、そこのガキとあのハゲに出し抜かれることもなかっただろうにな!」
 苦々しげに、悟飯を睨み付けるベジータ。
「どういうこと、悟飯くん?」
「あー、えーと‥‥」
 言いにくそうに、悟飯はブルマの耳元に口を寄せ、声をひそめる。
「ベジータさんが居眠りしている隙に、神龍を呼び出したんですよ」
「あらら」
「聞こえてるぞ」
 露骨に舌打ちをする。まったく、焦っていたとはいえ、不十分な装備でナメック星に行ってしまった‥‥それを思い出すといろいろと悔やまれる。そんなベジータの心情など気にせず、ブルマは浮かぶ疑問を次々投げかける。
「え、てことは、それって単に『眠気を抑止する薬』ってこと? ヤバい薬ってワケじゃないのね?」
「ヤバい、って何だ?」
「中毒性があって、服用を続けると精神に異常をきたすとか」
「そんな質の悪い薬を飲んでたまるか。それとも、地球はそれが普通なのか?」
 医療レベルも低い星だな、と毒づくのに、ブルマがムッとする。
「地球人はそんな、敵陣のど真ん中でキャンプすることなんて無いんですぅー! 毎日、ふかふかのベッドであったかいお布団にくるまって寝るんですぅー!」
「はん、平和ボケの地球人め」
「平和ボケで結構。毎日が楽しくてしかたないわ」
「まーまーまーまー、ブルマさぁ〜ん‥‥」
 悟飯がおろおろしながら、止めに入る。しかし悟飯の努力は虚しく、機内の雰囲気は和やかとはほど遠いままだったのだ。

「そもそも、なんだってあんたはドラゴンボールが必要だったのよ!?」
 と、ブルマは思い出して尋ねてみた。
「‥‥‥‥」
 尋ねられて、ベジータは思わず黙ってしまった。
 思い返してみれば、願いたかったのは不老不死。最初は永久に戦いを楽しむために‥‥という理由だったが、次第にそれは『フリーザを倒すため』となった。フリーザを倒し、自身が宇宙の支配者となるために。けれど、そのフリーザも、今は超サイヤ人と化したカカロットが倒してしまった。
 空しさが襲う。
 今、ここで不老不死になってどうするというのか。
 宇宙の支配者になる?
 フリーザに全く敵わなかった、超サイヤ人にもなれない自分が?
(くそったれ)
「ねー、何だったのよ。何か言ってたような気もするけど‥‥宇宙の支配者になるとか‥‥」
 お構いなく聞いてくる女の声が煩わしい。
「世界征服とか、願い事の鉄板よねー。そういえば、あたしが最初にドラゴンボールを探したときは、やっぱり世界征服を企む連中に邪魔されたわー」
 ブルマは構わず、ぺらぺらと口を動かす。
「世界征服って、なにが楽しいのかしら。大勢の人を管理しなきゃならないのよ。末端で何かあっても、責任は全部こっち。四六時中、いろんな問題に頭を悩ませなきゃ。あたしは、自由が大好きよ。それが宇宙規模だなんて。‥‥で、あんたの願い事ってなんだったっけ?」
「そういう貴様らはどうなんだ?」
 はぐらかすつもりの適当な返事だったが、彼女には意図が通じないようだ。
「あたしはねー、恋人を生き返らせるため‥‥」
 そこまで言って、ブルマはハッと気が付いた。
「そうよ! ヤムチャはあんた達に殺されたんじゃないの! え? ヤムチャの仇!? なんでここに乗ってんの‥‥」
 思わず腰を浮かし、後ろを振り返るブルマ。握っていた操縦桿が乱暴に揺さぶられ、機体がぐらりと傾く。
「ブ、ブルマさん!!」
 慌てた悟飯がブルマの腰を抱え、操縦席に引き戻す。
「違いますよ、ブルマさん! ヤムチャさんを殺したのはベジータさんじゃありません!」
「え? あ? そうなの?」
「なんか、ちっちゃい、えーと、サイバイマンとかいう‥‥」
 悟飯は身振り手振りで、土から生まれた生物兵器の説明をする。
「そのサイバイマンが、ヤムチャさんに抱きついて自爆して、それに巻き込まれたんです」
(あいつが、この女のオトコか)
 悟飯の説明を聞きながら、ベジータは最初に地球に来たときのことを思い出していた。
 ここしばらく、侵略をしてきた星で、これほど手応えのあった星はない。
 あの時の戦闘は楽しかった‥‥下級戦士とその息子に、ぶざまな思いをさせられるまでは。
 胃の奥に苦いものを感じながら、前の席に座っている悟飯を見る。と、たまたま振り返った悟飯と目があった。
「えっと、あのサイバイマンの種を植えて、かけたモノってただの水なんですか?」
 ブルマに説明をしている、それの補完を求めてきた。何の屈託もなく。ベジータは「そうだ」と短く返事をして、目を背けた。
「水って、純水? H2O?」
「そうだ」
「植えるってことは、植物がベースなの?」
「そうだ」
「わざわざ地面に植えるって事は、土壌の成分が必要なの? それとも地熱?」
 ブルマは思いつく疑問を次々と投げかけてくる。ベジータにとってみれば、難しく考えることなく答えられる内容の質問なので、聞かれるままに答えていく。まともに会話に付き合うつもりのない今の彼には、丁度良かった。

(サイバイマンごときが、地球ではこんなに珍しがられるのか)
 ゆっくりと飛ぶスカイカーの中で、ベジータはぼんやりと考えていた。
 


 
→つづく
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