なれそめ話(69fesあわせ)
前回までのあらすじ。
朝っぱらから痴話喧嘩してご近所大迷惑。

 ここは周囲にあるものは氷の壁だらけで、生き物の何もいない死んだ大陸だ。
 そこにいる唯一の体温を持つ者が、その氷の壁に向かって立っていた。
 氷は綺麗で透き通っていて、向かい合う者の姿をうっすら映している。
 自信を失った、弱々しくうなだれるベジータの姿を。

 俺は、いったい、何のために戦っているんだ? 
 本能はとうにフリーザに去勢された。
 飼い主のいうままに戦い、奪い、支配して‥‥その飼い主の喉笛を食いちぎって逃げようとしたら、逆に殺された。
 未来の世界の人造人間?
 そんなものは、俺よりも強いやつらに任せておけばいい。
 俺はもう‥‥‥‥。

「ベーージーーーーータああああああ!!」

 突如、頭上からけたたましい声が聞こえたので驚いた。
「見つけたーーーー! そこにじっとしてなさいよおおおおおおお!!」
 ぎょっとして見上げると、見慣れたスカイカーが飛んでおり、スピーカーを通してブルマがガンガン喚いていた。
 エンジンの音が変わり、機体の腹から着陸用のタイヤが現れると、すうぅとスカイカーが下降してきた。
「ベジータぁああ‥‥って、寒ッ」
 一度開いたドアがまた締まり、しばらくがさごそした後、防寒着に身を包んだブルマがようやっと現れた。
「うっわ、寒ぅ。よくこんなとこに居られるわね」
 自分の体を自分で抱き、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
「何をしに来た?」
 ややうんざりと、ベジータは聞いた。
 会いたくもないし、会うつもりのない女が目の前に現れた。どうやってこんな辺鄙な場所までたどり着いたのかと思ったが、たしかこの女はスカウターを使いこなしていたと思い当たった。
「謝りにきたのよ」

「‥‥謝りに、きたの」
 ブルマはもう一度、言った。
「ごめんなさい」
 昨日の、からかうような言い方ではなく、ゆっくりと、はっきりとブルマは謝った。
 ベジータは返事をしなかった。ブルマの言っている意味が分からなかった。
 何を謝るというのか。
 ブルマに罪はない。
 罪があるのは、ただ弱い自分だ。
「あんたの言う通りよ。あたし、あんたをバカにしてたわ」

 でも、バカにしようと思ってしてたわけじゃないわ、それは信じて。‥‥まあ、された方からしたら、どっちも同じだろうけど。
 あたしはね、5歳の時には父さんを追い抜いてたって言われてたわ。
 そっから、何をしても、天才だ、って。同い年の子とは話が合わなくて、ハイスクールはつまんないから大学に行って‥‥。
 あたしだけが飛び抜けてるってのが普通だった。
 あたしより凄い人なんて、いなかったのよ。

「ヤムチャにも謝ってきたわ」
 ふふっ、とブルマは自嘲するように小さく笑った。ヤムチャの名前が出て、ベジータは少なからず驚いた。別れた何だと大騒ぎして、もうヨリを戻したのかと。
「ああ、誤解しないで。ヨリを戻したかったわけじゃないの」
 ベジータの疑いを察して、先回る。
「気づいたの。あんたと同じようなことをしてたんじゃないか、って。‥‥反対に謝られちゃった、『おまえに釣り合う男じゃなくてすまない』って‥‥。それでね、あたしも納得しちゃったわ。あたし達、お互いが必要ないんだ、って」
 二人は、互いを高め合う関係になれなかった。
 好きとか愛してるとかだけで続けて行ければよかったのに、二人ともそれを求めていなかった。
 16歳と17歳の出会い。二人とも幼かった。やっと成長できたのだ。

「それでね、ベジータ。あたしは、あんたと仲直りがしたいの」
 ブルマは続ける。
「あんたをバカにしない。あんたが凄いのも、努力してんのも知ってる。フライスフィアだって、あんたのアイデアが無かったら作ろうとも思わなかったわ」
 それは事実だった。疑似ギャリック砲を人工的に発生させるなど、ブルマは考えたこともなかった。
「あたしの研究に、あんたが必要なの。あんたが要求してくる重力室も反撃マシーンも戦闘服も、まだまだ改良の余地があるのよ」
 ブルマはベジータの冷え切った手を取った。
「‥‥あたしは、まだまだ凄くなるの。だってあたしは天才なんだもの。でも、そのためには、あんたの協力が要る」

「あんたは、人造人間との戦いが終わったら、いなくなるんでしょう?」
 手を握ったままのブルマが聞く。
「もう地球には2年ぐらいしかいない。‥‥だから、あんたには目一杯、無茶苦茶な要求をしてもらいたいし、それに応えたい。1秒でも惜しいわ。そばに居て欲しいの、ベジータ」

 ブルマは自信満々だった。
 まだまだ強くなる。己の才能はまだ、限界まで達していない。
 ふと、ベジータは、サイヤ人の女とはどんなものだったのか思い出した。
 自信に溢れ、体格の劣りもものともせず男達と対等に戦い、己の力のみで高みを目指す女達。
 皮膚の境界で区切られた、この肉体だけが信ずるものであり、その手で得たものだけが、自分の糧となる。
 生き残ることが出来るのは、力を持つサイヤ人だけだ。
 そして今、ベジータは――ブルマに喰われようとしている。

「――だろうな」
 ベジータが、ぽつりと言った。
「え?」
 聞き取れなかったブルマは聞き返す、が、ベジータはそれには答えず、ブルマのスカイカーに乗り込んだ。
「重力室をさっさと直せ。それから、スフィアの充填時間もランダムにしろ。あいつらの動きも規則的すぎる。それと‥‥」
 ベジータは次々と要求を出してきた。
 ブルマは、ぱあっと明るく笑い、元気よく返事をしながら追いかけるようにタラップに足をかけた。
 分厚い防寒服を脱いで、操縦席に滑り込んだ。

 利用してやる、とことんまで。

 この俺を喰うつもりだというなら、反対に喰い殺してやる。
 俺を利用したつもりになって、反対に利用してやる。
 泣いて命乞いをする様を思い描く。
 俺を強くしてみるがいい。きさまにできるものならば。
 思い出した本能が、力を渇望する。
 みっともなく足掻きながらも、生きるために戦う、それがサイヤ人だ。

 ――生き残るのはどっちだろうな。

 スカイカーは西の都を目指して飛んでいった。





― 了 ―



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