未来編オムニバス なれそめのとこ |
孫くん、生き返ってよ‥‥! そう願ってドラゴンボールを探して、いよいよあと一つ。 最後の一つは、星が4つの、四星球。 それに気づいたとき、どこにあるのかも何となく分かった。 パオズ山の、さらに奥、ひっそりと暮らす家族のところ。 ブルマ自身も、一度だけ訪れたことのある家。 「あんれー、ブルマさんじゃねえか」 「お久しぶりです、ブルマさん」 出迎えてくれたチチと悟飯に、ブルマは曖昧に返事をする。「ちょっと通りがかったものだから」なんて言い訳は通用しない場所だ。 想像通り、目的の四星球は部屋の隅、たくさんの花で飾られた棚の上に、悟空の写真とともに飾られていた。 だが、いくらなんでもこの花は、にぎやか過ぎやしないか? そう思ったブルマの胸の内を読んだのか、チチが声をかけた。 「つい先週だべ、悟空さの最後のお弔いが終わったさ。やれやれだな」 聞けばフライパン山あたりの風習で、7週間の間、死者を弔う儀式が続くという。最後の日に近しい人を集めて酒や食事で身を清めて喪を明けさせるのだ。あのあたりを治めていた牛魔王の娘婿の弔いだ、それはそれは盛大に行われたらしい。その儀式の主人を担っていたのが妻であるチチと、まだ幼い悟飯であったというのだから、さぞや大変だったであろう。 しかしそれも何とかつつがなく終わったのだと、悟空の妻は晴れ晴れとした顔をしていた。 どうやって家に帰ったのか覚えていない。 体が鉛みたいに重い。 ドラゴンボールが6個入ったリュックサックを無造作に投げ置き、ベッドに倒れ込む。 ‥‥なにやってんだろう。 知らず、涙が出てきた ベジータが無遠慮にブルマの部屋に入ってきたのは、そんなタイミングだった。 「おい、重力室が‥‥!」 ここ数日家を空け、ふらりと帰ってきた『無責任なメンテナンス係』に不満を露骨に表して、ベジータは部屋に踏み込んだ。よく分からないエラー表示が点滅して、システムが起動せず、ずっと重力室が使えずにいるのだ。 と、彼のつま先が何かを蹴った。 暗い部屋の中、つま先に当たった何か硬いもの、それに視線を向けてベジータは驚いた。 「‥‥ドラゴン、ボール‥‥?」 リュックから転がりだした、ぼんやりとオレンジ色に光るもの。それは、ナメック星で見たものと比べて小さく、手のひらに乗せられる程度しかない。けれど、その神秘的な輝きは同じものだった。 「あげるわよ」 ベッドに突っ伏したまま、ブルマが言った。 「6個、あるわ。あと1個は孫くんの家にある。全部揃うわよ。何でも、好きに使いなさいよ」 「集めたのか?」 「ええ」 「何のために?」 「孫くんを、生き返らせようと思ってね」 「カカロットを‥‥!?」 ベジータはごくりと唾を飲んだ。 カカロットを生き返らせることが可能だと? 下級戦士でありながら、伝説のスーパーサイヤ人となり、フリーザの支配からサイヤ人を解放し、そしてさっさとこの世から消えたあの男を、引きずり戻せるというのか? 「カカロットが‥‥生き返る‥‥?」 今度こそ証明できるのか? 俺は修練を続けてきた。 サイヤ人の王子として、戦闘民族サイヤ人を統べる者として、最強であるために。 限界を超えるというスーパーサイヤ人、さらにそれを超えるために。 修練を続けてきた。300倍の重力の下で。毎日毎日、血反吐を吐きながら。 あの金髪の下級戦士よりも強くなったはずだ、それを証明することが可能なのか? 「おい、その、カカロットの家はどこだ! 最後のドラゴンボールはどこにある!!」 「‥‥生き返らせるの?」 「当たり前だ!」 「何のためによ」 「カカロットと決着をつけるためだ!」 「おめでたいわね」 俯せのままのブルマの、肩が揺れた。 「なんだと?」 「おめでたい男よね、あんた」 くっくっ、と笑う声も隠さずに、ブルマは言った。 「どういう意味だ?」 「言葉通りの意味よ」 のそり、と体を起こし、ベッドの上にあぐらをかく。伏せたままの顔は、乱れた髪が覆っていてその表情は見えない。 「あのこに相手してもらえるなんて、本気で思ってんの?」 その声は、鋭く尖っていた。 「あのこにとって、この地球に未練なんてなんもないのよ」 そう、あのこは地球で生き続けることよりも、あの世でもっと強い者と戦うことを選んだ。 この地球の上で、彼が冒険をできる場所はないのだ。 そして、あの女はそれを受け入れた。 彼の妻として、彼の旅立ちを見送り、彼の未練を残さないようにきれいさっぱり片づけた。 もう戻らなくてもいいよ、と。彼の形見を抱えて。 何なの? 何でそんなことをしちゃうの? 「ねえ、何でよ」 笑っていたはずのブルマは、震えていた。 「あのこを、最初に見つけたのはあたしなのよ。あのこと冒険を始めたのはあたし。あのこに広い世界を教えたのはあたし。あのこがとても強いって最初に知ったのはあたし。なのに、あのこの中に、あたしはいないのよ! あんただって!」 ブルマはベジータを睨み付けた。 「あんただって、相手にされてないじゃない! あんたがあのこよりもっとずっと強かったら、あのこは今も生きていたはずなのよ! あんたと戦いたいって思って、どんな手を使ってでも生きようとしたはずよ! なにが戦闘民族よ、笑わせないで、歯牙にもかけられないくせに!!」 投げつける言葉が、自分に刺さる。 自分は、あのこを繋ぎ止める存在ではなかった。 あのこにとって自分は、最初に出会った女だった。何も知らないあのこを外の世界に連れ出し、一緒に冒険をして、もっと強くなることへのあこがれを教え、彼の人生を大きく変えた。自分は、彼にとってかけがえのない女――なんて思うのは、うぬぼれだった。 あのこは他の女を選び、彼女を伴侶とし、その妻にすべてを任せて旅立った。 今更、自分が何を言って連れ戻し、そしてどうやって繋ぎ止めるのか。 無力だ。 こんなにも、自分の力の空しさを感じることはない。 最高の美貌と、頭脳と、財産を持って、世界は何でも自分の思い通りになると思っていた。誰もが自分に跪き、寵愛を得ようとする。 あたしは、支配者だ。 それがどうしたことか、たった一人の男の心も繋ぎ止められない! 「黙れ!」 「決着なんてとうについてるじゃないの。それで? 生き返らせて? やってごらんなさい、また捨てられるのよ」 「黙れと言ってるだろう!!」 ベジータの手が伸びてきて、そこでやっとブルマは殺気を感じ、血の気が引いた。 だから、その腕が自分を抱きすくめたので、何が起こったのか理解できなかった。 「‥‥‥‥黙れ」 求められていない。 彼の心は、もうここにはない。 そんなことは、とうに分かっていた。 ――それに気づいてしまったら。 生まれた星は消えた。 同胞もいない。 それでもサイヤ人でいられたのは、戦い続ける本能があったからだ。 戦って、戦って、最も強い力を持つことを証明し、宇宙の頂点に君臨するはずだった。 その、たった一つの生きる意味が、もろく崩れていく。 戦う? 誰と? 誰もいない。これが孤独というものか。 強くブルマを抱きしめたままのベジータが小さく咽ぶ。 ブルマは、そっとベジータの背中に自分の腕を回した。 分かっている。 これは、捨てられた者同士が、傷を舐めあっているのだ。 頬を伝う涙は、どちらのものだろうか。 体にベジータの重みを感じながら、ブルマはぼんやりと考えていた。 どうしてこの男は、この部屋に来たんだっけ。 ――――ああ。 エラーが出てるって言ってたわね。 |
→すすむ |
←戻る |