未来編オムニバス  日常生活のあれやこれや
 半年前に生まれたトランクスは、おすわりが出来るまで成長した。好奇心は旺盛なようで、あちこちに興味を示しては手を伸ばし、しかし思うように動けずにそのまま転がってしまったりする。転んだ痛みに泣くときもあれば、おかまいに無しに次の目標を追いかけたりする。トランクスを中心にして描かれる平和な日常を、ブルマは中庭の日だまりのなかでしみじみと味わっていた。
 この子の父親――ベジータはというと、彼もまた平和な地球の暮らしを受け入れていた。
 戦うことこそ本能、そんな口癖はとっくに消えていた。彼に敵はいない。この地球上で、彼の敵となりうる存在は無い。
 毎日の重力室でのトレーニングは、筋力を衰えさせないための日課以上の目的はなかった。それが済むと、ブリーフ・ラボで宇宙開拓アドバイザーとして控えている。木星への航路は、彼のおかげで確定しつつあると言っていい。
 なにもかも、順調だ。
 思わず、鼻歌も出てしまう。

 そんなブルマの前に、音もなくぬっと黒い影が現れた。
「‥‥えっ!?」
 ぎょっとして見上げると、そこにあったのは空に浮かぶ絨毯。
 頭上でひらひらと揺れる絨毯に、トランクスは大喜びで顔を向け、そのまま後ろにひっくりかえる。ひっくりかえってもまだ、突如現れたものから目を離さない。
 神秘的な雰囲気を持つ人物が、そこに立っていた。
「ポ‥‥ポポさん!?」
「久しぶりだな」
 神殿の番人だった。

「ひっさしぶりー。やだ、もう。インターホンぐらい鳴らしなさいよね」
 軽々と越えられてしまった厳重なセキュリティ。きっとそんなものは、この目の前の人物には意味のないものなのだろう。
「トランクス。このひとはね、ポポさんよ。高ーい高い、空の上に住んでるのよ」
 自慢の息子を抱き上げて、来訪者に紹介する。ポポは、穏やかににっこりと微笑んだ。
「いい子だ」
「でしょー? ‥‥で、いったいどうしたの、わざわざ来るなんて」
「うむ。実は」

「神様、もうすぐいなくなる」

 突然の告白に、ブルマは耳を疑った。ポポは続ける。
「神様、予言された。もうすぐ、いなくなる。寿命か、それ以外か、理由は分からない」
「いなくなる‥‥」
 不思議な気分だ。
 少女の時に始めた冒険。
 ドラゴンボールの伝説を求めて、あたしは孫くんと出会い、いろんな仲間に出会い、神様なんて不思議な存在も知り、宇宙に行き、宇宙人と出会い‥‥。
 そして孫くんはいなくなった。
 神様もいなくなる‥‥ということは、ドラゴンボールも消える。ピッコロもいなくなる。 
 冒険も、終わるのだ。トランクスを抱く手に力が入る。
「それを、伝えるために、わざわざ?」
「それもある。それと、神様、いなくなるまえに、憂いを残したくないと」
「憂い?」
 心当たりのないブルマは首をかしげる。ポポは、ブルマの腕の中の子どもを見つめていた。
 その子どもには、尻尾が生えている。
「――月を、戻しておきたいと仰る」
「月?」
 ああ、とブルマは理解した。何年も前に、ピッコロが壊したと聞いた。それからすっかり、月の無い夜に慣れてしまって忘れていた。西の都は夜でも明るく、月が無くても困らなかったが、都以外の場所で月が消えた不便を被っているかもしれない。
「ああ、そうねえ。月は欲しいわよねえ。お月見も出来ないもんねえ」
「ピッコロのしたこと、元に戻したい。けど、おまえの息子、尻尾がある」
 ゆらゆらと揺れる尻尾。生まれた子に尻尾があるのを見て、サイヤ人の子だと確信して嬉しくなったのを思い出す。
「悟空の尻尾、神様の力で生えないようにした。おまえの息子も、望むならそうできる」
「あら、そうしてもらおうかしら」
 あっさりと、ブルマは答えた。その即答ぶりに、ミスター・ポポのほうが驚いていた。
「いいのか」
「孫くんもそうした、っていうんでしょ? 理性のない大猿になって暴れられても困るしね」
「そうか」
 ポポはおもむろに、懐から小袋を取り出した。その中には光る紐が入っていた。それをトランクスの尻尾の付け根に結わえてしばらくすると、あのゆらゆら揺れていた尻尾はまぼろしだったかのように、すうっと消えた。痛みもなにもなかったようで、トランクスは自分がなにをされたかすら気付いていない。
 半年の間、馴染み見たものがあっさり消えたことに、ブルマもさすがに寂しさを感じた。そして、大事なことを忘れていたことを思い出した。
「‥‥あらやだ。あたし、ベジータに何も言わないで決めちゃった」
「ベジータは、おまえにまかす、と言った」
「え? ポポさん、ベジータにも会ったの?」
 ポポは頷く。
「悟飯にも会った。それぞれ、決めた」
「あの2人は、どうしたの?」
「ベジータは、よけいなことをするな、と言った。悟飯は、父と同じにしてくれ、と言った」
「あの2人らしいわね」
 想像通りの答えに、ブルマは笑った。

 それから数日の後、地球の夜空に月が戻った。

 そしてそれからまた数日の後、地球から神が消えた。

 神を名乗るものの手によって。


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