プロローグ
「あの女は? 戦えるのか?」
 フリーザの宇宙船の中で、クリリン達のための戦闘服を捜しているときに、そんな会話がなされた。

 今のままでは到底適わない、強大な敵・フリーザ。
 ドドリア、ザーボンという参謀を削ぎ、ギニュー特戦隊も全滅させた。しかしなお、それでもフリーザの力を衰えさせたことにはならない。それほどまで、あれは桁違いなのだ。唯一、こちら側の戦力になりそうなカカロットは負傷した。その息子と、禿頭のチビは、話にならないお粗末な戦闘力だが、それでもいないよりはマシだ‥‥。
 そこでベジータは思い出した、もう一人、地球人がいたことを。
 最初に見かけたときは、クリリンの後ろに震えながら隠れていたし、『気』も微々たるものだったので、その印象をそのまま受け取った。しかしこいつら地球人は、戦闘力を自在にコントロール出来るのだ。フリーザが探し回っていたドラゴンボールの見張りを任されていたぐらいだし、実は使えるのかもしれない‥‥などと、あり得ない期待を抱いてみる。
「『あの女』? ブルマさんのことか」
 クリリンが聞き返す。
「戦えるなら、連れてこい」
「ブルマさんは科学者だ、俺たちとは違うよ」
「地球ではあんな若い女が科学開発を担うのか?」
 地球の科学力の限界が見えるな、とベジータは鼻で笑った。
「何言ってんだ、あの人は地球トップクラスの科学者だぜ。おまえらのスカウター、あれを一晩で解析して、言語表記もまるごと入れ替えちまうぐらいだからな」
 ラディッツが来たときの事を思い出しながらクリリンは、まるで自分のことのように自慢げに話す。あの時は、カメハウスで‥‥碌な設備もないような場所で、ブルマはあっさりのあの未知の道具を自分仕様に作り替えていたっけ。
「‥‥‥‥」
 ベジータは、少し驚いたふうに目を見開いた。フリーザ軍の使用しているテクノロジーは、侵略した先々から集められた、つまりこの宇宙域ではトップクラスの技術だ。スカウターは(自分たちにとっては)日常的な簡素な器具であるとはいえ、あんな銀河辺境の地球ではこの先何百年も開発の糸口すら気付けないであろう機構が組み込まれているはずである。
「それに、ナメック星にくる宇宙船を手配したのも、あの人だ。あの人に何かあったら、俺たち、もう地球に帰れないんだ」
 だから戦わせるなよ、とか、そんなふうにブルマに関する話題は終わった。
 ベジータもそれで、その役立たずの地球人のことは忘れた。
 
 次にベジータがブルマに会ったのは、地球である。
 どうしたわけか死んだはずの自分が生き返り、ナメック星とはまったく異なる風景が目の前に広がった。いったい、何が起こったのか? ここが地球であり、フリーザとカカロットの対決に決着が付き、カカロットが死んだと聞かされ、しかしドラゴンボールで復活できる、等々‥‥説明はされるが、頭は混乱したままだ。
 サイヤ人の恨みは晴らされた。
 忌々しい下級戦士の手によって。
 その下級戦士は死んだ。
 俺は、惨めに生にこびりついた俺は、これからどうすればいい?

「あんたも来たらー?」
 
 ブルマが、声をかけてきた。
 よく通る声だった。こちらを警戒するナメック星人たちのやかましい沈黙の上をするりと滑り、ベジータの耳に素直に届いた。
「どうせ宿賃もないんでしょー?」
 ‥‥その通りだ、が、生きる意味を失って途方に暮れている自分に対して、この女はなんてバカバカしい問題を投げかけてくるのだろうか。
 けれど、悔しいことに、女の言う通りなのだ。
 生きる意味だとか、復讐だとか、宇宙とか征服とか、答えの見つからない膨大な数式を突きつけられて、鉛筆を動かすことも出来ず立ちすくんでいる自分。女はまるで後ろから現れて、鉛筆を握る男の手に自分の手を添えて、最初の「1」を書きはじめた。

 途端に、興味が湧いた。
 脆弱な体と貧相な戦闘力と、ずば抜けた頭脳を持っているらしい、この馴れ馴れしくて下品で綺麗な女への興味が。
  
 ベジータは思い出した、クリリンとの会話を。
(この女なら、宇宙船を‥‥)
 それは単なる口実だとは気付かずに。


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